第2章:「予期せぬ同盟」

——ルミスギルド——

マヤと俺の言い争いの後、ギルド内のざわめきが一瞬静まり返った。誰も口を挟もうとしない。

マヤは細めた目で俺を睨みつける。正面から反論されるのに慣れていないらしい。舌打ちをして、そっぽを向いた。

「ふん……度胸だけはあるのね」

受付嬢が恐る恐る割って入る。

「お二人さん、申し訳ありませんが……ドラゴン討伐の依頼、かなり滞留してまして。緊急性が高まっているんです。ご存知の通り、この依頼はSランク冒険者最低二名が必要で……」

はっきりと示唆していた。俺たちの力が必要なんだ。

マヤがピタリと足を止めた。

「ちっ! 何度言わせるのよ! 私は一人で行動するって!」

「正式なパーティー結成ではなく、一時的な組み合わせで結構ですので……」

俺は肩をすくめた。乗り気ではなかったが、報酬はありがたかった。

「一時的なパーティーなら構わない。任務が終わって報酬を受け取るまでだけどな」

「面倒だけど……いいわ。緊急だし、あなたもそこまで無能には見えないし。今回は特別よ。でも、仲間だなんて思わないでよね」

「ありがとうございます! すぐに手続きを!」

仮契約の書類に署名し、依頼の詳細を受け取る。出発は明日の夜明けだ。

マヤは無言で立ち去った。不機嫌そうな背中を見送りながら、俺は思う。彼女の態度には何か理由があるのか? 任務に支障がなければいいが……

ギルドを出ると、騒ぎは予想以上に広がっていた。少し外の空気を吸いたくなった。

しかし、空は荒れ模様だ。

さっきから聞こえていた雷鳴の理由がわかった。瞬く間に冷たい雨が町を包み込む。

「ん? 他にも雨宿りを……マヤ!?」

視線が合う。

「またあなた!?」

「同じく雨避け中だ!」

「ちっ……こっち来なさい。近くに祠がある」

路地を駆け抜け、小さな祠にたどり着く。こぢんまりとした石造りの建物で、地元の神を祀っているらしい。

「ここなら大丈夫ね」

先ほどまでの動揺が嘘のように、マヤは安堵の表情を浮かべた。

祭壇の階段に座り、編んだ髪から水気を絞る。雨音と線香の匂いが辺りに満ちている。

「もしかして……雨が苦手なのか?」

鋭い視線が飛ぶ。

「何を言ってるの? 怖いわけじゃない。ただ耐えられないだけ」

ふと、彼女の表情が和らぐ。祭壇の蝋燭を見上げながら、遠い記憶を辿っているようだ。

「小さい頃、村が洪水で流された……それから、一人で生き延びる術を覚えたの。火は何度も私を救ってくれた」 言い淀んで、 「……別にあなたには関係ないけどね」

「知らなかった……大変だったな」

マヤは横目で俺を見た。からかっているのか本気か、見極めようとしている。そして、ふん、と鼻を鳴らす。

「あなた、悪い人じゃないのね」

その瞬間、ギルドで見せていた好戦的な姿は消え、鎧の下に傷を隠した一人の少女がそこにいた。見かけよりも繊細なのかもしれない……

雷鳴が思考を遮る。稲妻が祠を照らし、祭壇の像が浮かび上がる。どこかで見覚えが……待て、まさか……

「ねえ、この祠……何かの女神様を祀ってるのか?」

「え? 知らないの? ここはプリン様の祠よ。この王国で信仰されている神様の一人」

「プリン様!?」 思わず立ち上がる。

「どうしたの?」

「あ、いや……田舎の出なもんで、信仰とか詳しくなくて」 急いでごまかす。プリンからは異世界転生のことは秘密にしろと言われていた。

「プリン様を知らないなんて……変な人。とにかく、ここはプリン様の祠。優しい女神様だって言われてるから、避難しても問題ないわ」

「そうか……」

無意識に、俺は像に手を伸ばし、祭壇の碑文に触れた。

その瞬間、閃光に包まれる。

——レン!——

頭の中にプリンの声が響く。黄金の光に包まれ、空中に浮かぶ彼女の姿が見える。頬を膨らませ、腕を組んでプンプンしている。

「あの暴れん坊の女は誰!?」

「プリン……? ここは?」

「話題を変えないで! あなた、あの鎧の子と私の祠で仲良くしてたでしょう! 何の関係なの!?」

「マヤ? ただの一時的な相棒だよ……」

「見てたわよ、あの子があなたを見る目! なのにパーティーまで組むなんて!」

「一時的なものだって! 待てよ、なんで俺が説明しなきゃいけないんだ? それより、ここはどこだ?」

プリンはくるくると回りながら、ドレスを翻してふてくされた。可愛らしい仕草だ。

「ここは私の神域の一部。まあ、簡易版みたいなもの。長くは留められないけど、これで会話はできる。夢……特別な夢のようなものね」

「どうして今?」

「だって、あなたに会いたかったから! それに、この世界に来てから初めて繋がったんだもの」

声が少し小さくなる。

「……成功して、本当に良かった」

「これが『特別な資質』ってやつか?」

「そうよ! あなたは私と直接繋がれるの。制約はあるけど、この空間以外でも話せる。でも、秘密にしておいてね」

「なぜ? バレるとまずいのか?」

「ええ。『天界議会』っていう、私のような神々の組織があるの。彼らは私たちの行動を監視していて、人間と深く関わることを良しとしないのよ。でも、今のところこの接続は気付かれていないから……しばらくは大丈夫」

「もしバレたら?」

「えーっと……とんでもなく、超大変なことになるわ。でも心配しないで! 今はただ、こうして話せることを喜びましょ!」

「わかった……それで、ずっと俺を見てたってことか?」

「もちろん! 私があなたの女神様でしょ? あなたの行動は見えてるの。あの鎧の子のことも、はっきり見えたわ! あまりにはっきりと!」

プリンはむくれながら腕を組む。

「雨だって私が降らせたんだからね!」

「雨を降らせたのはお前だったのか?(なんで神様のヤキモチ大会になってるんだ……?)」

「ふん……まあ、今回は許してあげる。あなたもこの世界に慣れなきゃいけないし、私だって協力したいんだから」

声が優しくなる。

「この世界はあなたの知っている場所とは違う。素晴らしいものも、危険もいっぱいある。私があまり介入できないとしても……導いてあげたいの」

「俺の能力については? まだあるんだろ?」

「ええ。あなたは特別なの、レン。眠っている力が時間をかけて目覚めていく。すぐにはわからないかもしれないけど、必要な時にはきっと発揮できる。今はただ、自分を信じて。そして私を」

指先で俺の胸を軽くつつく。

「プリン……」

「覚えておいてね。私はいつでもあなたを見守っている。直接会えなくても、支えているから」

「わかった……ありがとう」

「でも!」

突然、またけんまくを戻す。

「あの鎧の子と恋に落ちたりしないでよね! あなたにはもう女神様がついてるんだから!」

「い、一時的な相棒だってば!」

「まあ、様子見ね!」

クスクス笑う。

「また会いましょ、レン!」

柔らかな力で、俺は祠へと押し戻された。

マヤが肩を揺すっている。心配そうな顔で見下ろしていた。

「ま……マヤ?」

表情がさっと変わる。

「何やってたのよ! 五分も呼び続けてたんだから! どうかしたのかと……」

「悪い、ちょっと放心してて……心配かけてすまない」

祭壇から立ち上がる。

マヤは顔を背け、そっぽを向いた。

「雨、止んだみたい……行きましょう」

「大丈夫か?」

「当たり前でしょ! あなたみたいに軟弱者じゃないんだから」

明日の準備を整え、それぞれの宿へと向かう。

宿の部屋で、俺は考え込む。

常に見守る女神、未知の能力、怒らせれば真っ二つにしそうな相棒……悪い人ではなさそうだが。

まあ、今は深く考えずにいよう。プリンの言う通り、必要なことは少しずつわかっていくはずだ。明日は早い……休むとしよう。

◇◇◇ 

一方、氷淵の北にある荒れ地で……

雪原を一人の影が進んでいた。

赤い髪を風になびかせ、足跡を残しながら。

「ルミス……」

風の唸りの中、呟く。

「あの方向のはずだ」

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