裏生徒会怪異調査碌

六山葵

プロローグ

第1話

桐生東高校はどこにでもあるような平凡な高校だ。

田舎すぎず、都会すぎず。進学校でもなければ特別偏差値が低いわけでもない。


生徒数は多く、男女比率もほぼ半分ずつ。

まさに平均的な公立校である。


六限の授業を終え、生徒たちは掃除用具入れに向かう。

桐生東では放課後の十分間を全生徒で掃除の時間に当てるのが伝統的だった。


班に分かれて決められた場所に向かい、全員が手慣れた手つきで掃除を終える。

そんなほとんど日常的な動作の中で事件は起こった。


「あ、うん。いいよ、私がやっておく……から」


高松雪乃は高校一年生だ。

地元は他県の離れたところだが、高校入学を機に親に無理を言って単身引っ越してきた。

今は母方の祖母の家で二人暮らしをしている。


そんな雪乃は反射的に応えつつ、振り返ってから顔をこわばらせた。

教室の掃除を割り当てられたクラスメイトたちの視線が一点に自分を見つめていたからである。


同時に「ああ、やってしまった」と後悔する。

せっかく引っ越してきたのに、無駄だった。


すぐにでも時計の針を巻き戻したい気持ちになった。

しかし、平均的一般人の彼女にそんな力はない。

女子高生とは万能ではないのだ。

屋上に向かって階段を駆け上がってみても、自室の勉強机の引き出しを覗いてみても時間を遡ることはできない。


雪乃は無言で教室を飛び出した。

自分の鞄と、教室のゴミ箱からひったくったゴミ袋を持って。


最悪だ。

頭の中で連呼する。

最悪だ、最悪だ、最悪だ。


自分はなんて間抜けなのだろうと自己嫌悪に陥る。

もうしないと気をつけていたのに、無視できるはずだったのに。

油断した。不意を疲れた。


「高松さん。このゴミ捨ててきてくれる?」


雪乃には確かにその言葉が聞こえてた。親し気で、気さくな感じ。すぐそばに寄り添っているかのようなハッキリとした声だった。


ゴミ捨ては当番制ではない。毎回その場の雰囲気で誰が行くかが決まる。


週ごとに掃除場所が切り替わる中で、四日目の今日まで雪乃はまだゴミを捨てに行っていなかった。


全員が均等に行かなければいけないという決まりはないが流石に「一回くらい行っとかないとな」と空気を読む。


そのせいで気づけなかったのだ。

振り返るとクラスメイトたちの唖然とした顔。

まるで、雪乃が一人で会話をしていたかのような微妙な空気感。

少し気味悪そうに見てくる視線で雪乃は全てを悟ってしまった。


雪乃は耳が良かった。

二階にある部屋で勉強をしていても一階で玄関の扉が開く音が聞こえたり、曲がり角の向こうから自転車が来るのを他の人よりも早く察知できたり。


いるはずのない人の声が聞こえたり。


「雪乃ちゃんいつも一人で喋ってる。気味が悪い」


とは幼少期の友人の言葉である。

いや、ただクラスが同じだっただけの保育所の女の子か。


難しい言葉は覚えても、オブラートに包むという概念は覚えられない幼児は雪乃に簡単にその言葉を投げつけた。


彼女は気付く。自分が他の人とは違うことに。


「こんな力、何の意味もない」


帰り道、雪乃は恨めしそうに呟いた。

校舎の裏側にあるゴミの集積場所にゴミ袋を捨て、通学に愛用している薄黄色の自転車を取りに行った所である。


自宅までは所用三十分。

桐生東高校のある地域よりもさらに田舎めいた方に進むため電車を使うよりも自転車の方が何かと都合が良かった。


しかし、今日はなんとなく歩きたい気分だ。

カラカラと小気味良い音を立てる自転車を押しながら校門を出る。


中学までは悲惨だった。

明確なイジメを受けていたわけではないが白い目で見られ、クスクスと笑われる。


中途半端に耳が良いせいで陰口を拾ってしまうこともしばしば。

友達はいなかった。

作ろうにも噂はどこまでも勝手に広がっていき、彼女に人間関係の難しさを突きつけた。


田舎に引っ越してきたのはそのためだ。

親を何とか説得し、一人暮らしをしている祖母の家に転がり込むことで折り合いをつけた。


高校からは違う環境で。

絶対に能力のことはバレないようにしよう。


そう心に決めていたのに、その願望は入学後たったの二週間で脆く崩れ去ってしまった。


「いや……まだ一回だけだし、変に思われていないかも」


そう自分に言い聞かせようとする度に違う考えがそれを否定する。


「でも田舎って噂が広まるの早いイメージない?」


「クラスの皆のあの目。確実に変なやつだとは思われたよね」


小、中とろくに友達がいなかったせいで雪乃は友達作りのきっかけを掴めずにいた。


二週間立ってもまともに誰かに話しかけられた記憶はなく、自分から話しかけた記憶はもっとない。


周りがどんどんグループを形成していく中、完全にぼっちルートを進み始めていた。


「高松さん」と名前を呼ばれて浮き足立っていたのかもしれない。

まさかその相手が幽霊だとも知らずに意気揚々と返事をした自分が恥ずかしい。


舗装された古びたアスファルト。歩いていると視線の先を時折草花が流れていく。


コンクリートを突き破って力強く育つ雑草を見ても力強い気持ちにはなれなかった。

むしろその逆で、そうそうにやらかしてしまった後悔で気分は落ち込んでいく。


一歩一歩固い地面を踏みしめる度に後悔は苛立ちに変容していく。


舞い上がっていた自分を殴りたい。

いや、むしろボッチにわざわざ声をかけるクソ幽霊をボコボコにしたい。


雪乃は押していた自転車に跨った。

ペダルを踏み、強く力を込める。


理不尽さに向けた怒りを発散するかのように激しく漕ぎ続けた。

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