第2話 生の始まり、哀号

徳川慶喜公が大政奉還をしたのが昨年の10月中旬、徳川が実権を持ち続ける事を特に反対をしている薩摩、長州藩は倒幕は終わっても力を誇示したいのか、幕府に味方する勢力を武力で倒している。


先の鳥羽・伏見の戦いで将軍慶喜公が戦線を離脱した事が兵の士気をさげ、元号が変わった年の5月には江戸城無血開城をしたために実際には幕府の士気は無いに等しいものであった。



会津の地は、確かに一時的な静寂に包まれていた。徳川慶喜公が江戸城を無血開城した報は、幕府方の士気を地に堕としめたが、ここ会津では、藩主・松平容保公の「将軍を補佐し、薩長と戦う」という固い意志が、依然として武士たちの心を繋ぎ止めていた。だが、その静けさは、嵐の前の偽りの凪。遠雷の音は、すでに足元まで迫っていた。

斎藤義春は、家老・田中土佐からの厳命を、静かに受け止めた。薩長が間もなく会津へ攻め入る――その予感は、確信へと変わっていた。武士として、家老の命に従い前線へ向かうことに迷いはなかった。しかし、彼の心には、生まれたばかりの幼名「愛護(あいご)」と名付けた、幼い息子への尽きせぬ思いが渦巻いていた。

まだ、か細い産声を上げて間もない息子。義春は、眠る我が子の小さな手をそっと握った。温かく、柔らかい掌が、これからの非情な戦の行く末を、より一層、重く感じさせた。

「愛護……お前は、会津を護る『義』の人となるのだ」

そう、心の中で繰り返した。それは、単なる武士としての強さだけではない。私利私欲に囚われず、正しい道を選び、弱きを護り、そして決して、不義に屈することのない精神。それが、義春が息子に託したいと願う「義」であった。自身が、この戦でどうなるかは分からない。だが、この幼い命だけは、会津の「義」を、この国の真の「義」を、未来へと繋いでいく存在であって欲しい。

静かに夜は更け、やがて来るであろう激しい戦火の匂いを、義春は肌で感じていた。それは、自らの命を賭して護るべきものの重さであり、同時に、この小さな掌に託すべき未来への、最後の祈りでもあった。夜明けと共に、義春は戦場へと向かう。彼の背中には、会津の「義」の全てと、幼き息子への尽きぬ願いが背負われていた。

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