運命の澱

light forest

第1話 序文

盛者必衰の理は、世の常なれど、風の前の塵と消ゆるは人々の願いを乗せて高く舞い上がった旗印なり。


遠き都の鐘の音は、常に時代の終わりを告げてきた。その響きは、幾度となくこの国を渡り歩き、人々の心に、諸行無常という避けられぬ理を刻みつけてきたもの。されど、みちのくの雪深い奥座敷、会津の里にまで届くその音は、いつしか安寧に慣れた人々の耳には届かぬ幻と化していたのかもしれない。あるいは、生まれ来る幼子の命の輝きが、その不吉な響きを、一時、掻き消していただけだったのか。

まだ春浅き会津の城下。一人の武士がいた。その名を斎藤義春といい、藩主より「義」の御名を賜りし、誇り高き者であった。彼の胸には、会津の「義」への揺るぎなき忠誠と、間もなく生まれる新たな命への静かな希望が満ちていた。身重の妻は、来るべき日を静かに待ち、家々にはささやかな笑い声が満ちていた。人々は皆、厳しき冬が去り、穏やかな春の訪れが約束されたかのようにも思えたものだ。


知る由もなかった。

この穏やかな春の予感の直後に、彼らの世界が、そしてこの国の全てが、燃え盛る炎と慟哭の底に沈むことを。


この腹の内に宿りし命が、やがてその身を以て、来るべき百年の「無常」と「諦め」の時代に抗い、「否、決して負けてはならぬのだ!」と叫びながら散る運命にあることを。


会津は、まことに「たけき者」であった。 武士の矜持を掲げ、不義を許さず、風前の灯と知りながらも、その「義」のために戦い抜いた。されど、歴史の歯車は無情にも、そのたけき会津を、遂には滅ぼした。その鐘の音は、遥か遠き未来、この国に再び、ある重要な局面を告げるものとして響き渡るだろう。されど、その時、果たして人々は、その音に隠された真の悲痛に気づき、自らの運命を、決して、他者に委ねてはならないという、歴史の教訓を、深く心に刻むであろうか。



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