第2話 過保護な付き人

 仲間たちに笑顔をもたらすという大義名分、もとい目標を掲げたボクは、さっそく何をして遊ぶか思考をめぐらす。

 どうせやるのなら、盛大で驚きに満ちたものがいい。

 必要なコストなどはおいおい考えるとして、とにかく夢のあるアイデアはないものか。


 前世の幼いころは、想像力に満ちあふれていた。

 ブロックのおもちゃがあれば、乗り物でもロボットでもなんだって作ることができた。

 でも、歳を重ねるうちに、他人に劣るならやらないほうがマシと後ろ向きになっていく。

 結局、大成することなく、志半ばで命が尽きてしまった後悔が頭をよぎる。


 あのとき選ばなかった人生の分岐へ戻るには、心の若さを取り戻さなければならない。

 しかし、いくら考えてもまったく思い浮かばない。

 前世を思い出した途端、直前まであった柔軟さを失ってしまったかのようだ。


「――ルーデンスさま、そろそろお風呂の時間ですよ」


「あ……リスベット」


 世話役を務める女性が、夕暮れのテラスまでやって来た。

 真面目で几帳面な性格で、ボクのスケジュールをすべて管理している。

 いつも一緒にお風呂に入っているが、あらためて眺めると、いかにもエルフといったきれいなお姉さんだ。

 記憶を取り戻した以上、彼女と共にするのは非常によろしくないように思えてきた。


「そのことだけど、今日からはひとりで入るよ。ボクももう七歳。いつまでも子供じゃないからね」


「なにをおっしゃるのですか。そんな甘えは許されません。はい、バンザイ」


 条件反射でつい両手を上げてしまい、すかさず上着を脱がされた。

 生命のサイクルが長いエルフは滅多に子供が生まれず、人間に比べて過保護な傾向が強い。

 盛大に甘やかされると同時に、厳しい管理下に置かれているのである。

 そんなわけで、抗議もむなしくあえなくすっぽんぽんにされ、浴場に連れていかれた。


「なにを恥ずかしがっているのです。手をのけてください。洗いにくいではないですか」


 ひどい辱めだ。固く目を閉じてやり過ごし、湯船に浸かってようやくひと息をつく。

 四六時中一緒のリスベットに隠し事は不可能と諦め、いっそ事情を洗いざらい説明することにした。


「信じてもらえないかもだけど、じつはボク、前世の記憶を思い出したんだ」


「ええ、存じております。そもそもこの隠れ里で、ロシルドゥアさまが行なった転生の儀を知らない者はございません」


「なんだ。なら話が早い……」


 戸惑いこそあれど、彼女がボクの良き理解者にして相談役なのは変わらない。

 努めて意識しないようにし、これまでどおり接するのがよさそうだ。


「――なるほど、面白い遊びでございますか」


「そうなんだ。つらい記憶はふとしたきっかけでよみがえってしまう。母上は、楽しいもので上書きしろとおっしゃった。でも、今のボクには良い遊びが思い浮かばなくって」


「楽しんだもの勝ちでございます。私が幼いころは、よくおままごとをしたものです」


「さすがにちょっと子供っぽすぎるかな。そういえばお風呂でも、シャボン玉を吹いたりおもちゃを浮かべたりしたっけ。あのころは毎日が楽しかったのに、すっかりすさんでしまったなぁ……」


「それでは、今一度同じことを体験し、感覚を取り戻してはいかがでしょう」


「それは名案だ。さっそく試してみよう」


 とりあえず目についた布を湯船に浮かべ、空気を入れて沈めたりつぶしたりしてみた。

 かつてのボクは、こうした単純な行動から、徐々に科学的知識を身につけていったのだろう。

 現在の世界には魔法のちからが存在するが、根本的な原理は変わらない。

 念じればやれていたことを再確認していくのは、進歩と退行が入り混じる奇妙な感覚だ。


 お次はシャボン玉。ふたりでどちらが多く、あるいは大きく作れるかを競ってみる。

 互いに本気を出すと、浴室はあっという間に丸い玉で埋め尽くされた。

 これら一つひとつにボクらの顔が映っているかと思うと、なんだかとても不思議だ。


「お上手お上手」


「もう、この程度で褒めないでよ。でも、きれいで意外と楽しいな。心が洗われていくようだ……」


 懐かしい感性がよみがえると同時に、頭の片隅にあった何かがわずかに動き始めた気がした。

 だがそれは、考えようとするとパチンとはじけ飛び、いったい何だったのかさっぱりわからなくなってしまった。


「あれ……?」


「どうされました?」


「今、ちょっと良いアイデアが浮かびそうだったのに、シャボン玉みたいに消えちゃったんだ。みんなを喜ばせられるものに感じたんだけどなぁ」


「いろいろ試していけば、きっとひらめきますよ。私もルーデンスさまの遊びに興味があります。さあ、のぼせないうちに、今日のところは上がりましょう」


 夕食を終えて寝るときになっても、ボクは先ほどのことを考えていた。

 シャボン玉が流れるように飛んだとき、それは顔をのぞかせたように思う。

 天に向かっていくものだろうか。いくつか候補はあれど、どれもしっくりこない。


 エルフはしばしば、魔法を使ったり怪鳥にまたがって空を飛ぶ。

 危険の伴う移動手段であり、子供はやらせてもらえない。

 楽しそうではあるが、ボクが目指すものとは少し趣が異なるようだ。


「そもそも、『遊び』とはいったいなんだろう。自由で、結末がわからず、決して必要とはいえない何か……」


 小首をかしげながらベッドにもぐり、考えている間にボクは眠りに落ちていった。

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