妖精王子の道楽スローライフ ~エルフの長い子供時代を全力で楽しんでみた~

かぐろば衽

ライブスチーム編

第1章 エルフの隠れ里

第1話 甘やかし女王

 ここは、長命の妖精族・エルフたちが住まうアルフヘイムの隠れ里。

 平和を求めて国を離れた王家が、深い森の奥でひっそりと暮らしている。

 その王子であるボク――ルーデンスは、本日をもって七歳になった。

 つつましい生誕祭を終えて、暖かな木漏れ日に包まれた昼下がり。

 母上の女王ロシルドゥアが見守るそばで、いつものように木材を使って工作を楽しむ。


「こうやって、車に翼を付ければ飛行機に……。ん、飛行機ってなあに?」


 ふと、聞きなれない言葉が口をついて出た。

 その瞬間、ボクの頭のなかに、膨大な量の映像が次々と思い浮かんでくる。

 高速で動く乗り物、発展した街並み、便利な科学技術、せわしなく生きる人々……。


「ああ、思い出した。ボクは人間だったんだ」


 すると母上は、驚くことなく淡々と答えた。


「おや、とうとうこの日が来たか、ルーデンスよ。わらわは転生の儀を用いて、お前をエルフとして再誕させたのじゃ」


「なんと、そんなことが……!」


 妖精はときおり人間を仲間に引き入れるという話を、かすかに憶えている。

 まさかこの自分がその一員になる日が来ようとは、じつに不思議なめぐり合わせだ。

 湧きあがる高揚感とともに一つひとつ思い出をたどっていくと、ある時期を境にして、すべてが負の感情に包まれた。


「あああっ! 思い出したくない! 思い出したくない――っ!」


 前世で刻まれた不快な記憶が、一気になだれ込んでくる。

 まるで、脳内に入り込んだ怪物が暴れ散らかすかのようだ。

 頭をかかえてもだえ苦しむと、母上はすぐにボクを抱きしめ、優しく背中をなでてくれた。


「おお、よしよし、かわいそうにルーデンス。なにもつらいことなど思い出す必要はない。ここは平和なエルフの里。傷ついた魂を癒やすため、お前はただ幸せに生きていればよいのじゃ」


 とどまることなく涙がこぼれ落ちる。

 転生とは、決して幸せな記憶のみを引き継ぐわけではない。

 つらく悲しい出来事も、自分の意思を形作る重要な要素なのだ。


 しかしボクは、それが少しばかり他者よりも多かったのだろう。

 生まれ変わった喜びは一瞬にして消え去り、ふくれあがる怒りを爆発させた。


「むごい、残酷だ! なぜボクを転生させた! あんな記憶、すべて無に帰せばよかったのに!」


 女王ロシルドゥアにすがりつき、力なく拳をぶつける。

 彼女は温かな手のひらでボクのほおに触れながら、なおも優しく語りかけた。


「ゆるしておくれ、ルーデンス。永き星霜せいそうを経ても、お前を苦しみから救うことはかなわぬか。しかしここは、喜びに満ちた常若とこわかの楽園。前世でつらい思いをしたからこそ、わらわはお前を息子に選んだのじゃ」


「うう、そんな、勝手すぎる……」


「さあ、おもてを上げるのじゃ。深く刻まれたその魂の傷。ゆっくりと時間をかけて癒やしていこうではないか」


「無理だ……。解放してください。ボクをこの世から消し去って……!」


「子の苦しみは母の苦しみ。わらわが間違っていたのだろうか。すまないルーデンス、すまない……」


 ボクの髪にポツリと雫が落ちる。

 構わず泣きはらすうちに、乱れた心は少しずつ安らいでいった。


 もちろんそれですべてが治まるわけではないが、一度は人生を終えた身。

 これまでただひたすらにかわいがってくれたロシルドゥアに対し、申し訳ないという気持ちが芽生えてきた。


 涙をぬぐって顔を上げると、まばゆい金髪と先のとがった耳をもつ美しい女性が目に映る。

 鎮痛な面持ちの彼女を見ると、これ以上は自らの意思を貫くことができなくなった。


「……いいえ、なにも間違ってはございません。あなたはとても優しい心の持ち主です。ボクはむしろ感謝しなければなりません。だからどうか泣かないでください、ロシルドゥアさま。いえ、母上」


 しばらくふたりで抱き支えていたが、やがて互いを見つめ合い、同時に顔をほころばせる。

 エルフとして七歳を迎えたが、人間でいえばもっと長い年月を共に過ごしたのだ。

 前世を思い出した程度で壊れるほど、親子の絆はもろくない。

 急に照れくさくなって少し距離をとり、おずおずと会話を切りだした。


「いつまでも嘆いているわけにはいきません。でも、これまでと同じように生きることもできません。ボクはこの先、いったいどうすればよいのでしょう?」


「答えは自明じゃ。楽しい記憶で悲しみを上書きすればよかろう。わらわは、ただ憐れみだけで魂を選んだわけではないぞ、ルーデンス。お前には、無から有を生み出す才能がある。孤独であっても楽しみを、物がなくとも遊びを見い出してきたはず。それを思い出すのじゃ」


「遊び……? たしかに前世では、気づけばなにかで遊んでいたっけ」


「さよう、お前は遊びの達人じゃ。魂の傷が癒えるまで、いや、此度こたびの生涯すべてを道楽に捧げるがよい」


「なんと、そんなことが許されるのですか?」


「お前は未子じゃ。歳の離れたきょうだいたちが、すでにまつりごとを担っている。わが里はこの先、何千年と安泰であろう。だからなにも心配はいらぬ。遠慮する必要もない。これは、悲しみを味わった者のみに許される、第二の人生なのだから」


 妖精はときに怖いことを言うものだ。

 今まさに、己を試されているように感じられた。

 なんの目的もなく、ただ遊びほうけていろだなんて、冷静に考えれば恐ろしい話ではなかろうか。

 誘われるがままに夜通し踊り狂い、気づけば数百年経っていたなんて話もあった気がする。


「うーん……。それでは負けた気分となり、生きる意味につながらないかもしれません」


「ふむ、じつにお前らしい答えだ。だがわらわは、なにかにおいて一番になれる魂を探し求め、お前を見つけたのじゃ。時間はある。じっくりとおのが進むべき道を模索するがよかろう」


 それからボクは、しばらく里の中を歩きまわって考えた。

 ここに暮らす者たちは、争いを嫌って逃げてきただけに、ひっそりと静かに生きることを信条としている。

 それゆえ、平和を手にした今もロクな娯楽が無く、しばしば退屈する姿が見受けられた。

 そんな彼らにとって、歳の離れた自分は存在自体が楽しみであり、誰もが惜しみない愛を注いでくれる。


 母上の言うとおり、きょうだいはみな何かしらのエキスパートで、幼いボクに求められる責務は無きに等しい。

 役立てるとすれば、遊びでもって喜ばすことではないだろうか。

 ただ自分が楽しむのではなく、他者を笑顔にするような……。


 そう思うと途端に、とても困難な道のりにも思えてきた。

 折しも新緑芽吹く春である。なにかを始めるにはうってつけの季節だ。


 しかし、すっかり傾いた太陽ソールにふと問いかけられる。

 ――それは、長きエルフの人生をかけるに値するだろうか?


 ボクはすっくと立ち上がり、彼女を毅然きぜんと見つめ返した。

 ――否、値させてやる。


「ようし、決めたぞ。ボクは遊び倒す。あり余る時間で、自由気ままに道楽の限りを尽くすんだ!」

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