第24話──「転校届の裏側に貼られた夜」
提出された転校届の用紙は、折り目がないほど綺麗だった。
担任が受け取った瞬間、ユリの指先は、微かに震えていた。
「お父さんの転勤で……?」
そう尋ねられて、彼女は何も言わず、ただ笑った。
だがその裏面には、小さな文字で何かがびっしりと書かれていた。
担任はそれに気づかず、転校届はそのまま職員室のロッカーにしまわれた。
──今、火曜会の集会場に、その用紙が貼られている。
壁のコンクリートは剥き出しで、湿気が染みこみ、紙は少し波打っていた。
“朗読者”として指名されたユリは、その紙をそっと剥がし、深く息を吸う。
彼女の前にいるのは、リク、カズヤ、アメ、そして──影のような存在のノノ。
朗読が始まる。
「転校届の裏には、“帰りたくない理由”を書いた。
ひとつめ。朝の靴箱で、上履きがいつも濡れていた。
ふたつめ。私の弁当を盗んだのは、担任だった。
みっつめ。学年主任が言った。“お前の声は、誰にも届かない”。
よっつめ。保健室のベッドの下から、いつも誰かのすすり泣きが聞こえた。
いつつめ。校門の隅に咲いてた白い花が、ある日、全部踏みにじられてた。
むっつめ。“それでも学校は明るい場所です”と、週報に書かされた。」
その言葉が、地下の冷たい空気に染みわたっていく。
誰も、笑わない。誰も、止めない。
「ななつめ。……私は、誰かの“偽物の加害者”にされた。
あの日、屋上で起きたことの“本当”は、あまりに滑稽で、悲しくて、
誰も知りたくないって、そういう目をしていた。
だから私は“転校”を選んだ。“転校”という名の、
この世界からの“ログアウト”を。」
朗読が終わると、沈黙が訪れた。
アメがぽつりとつぶやいた。
「……私、学校って、いつからこんなに静かだったっけ?」
カズヤが目を伏せた。
「“静かすぎる教室”って、“真実を語ってはいけない”って意味なんだよな……」
リクは、一歩前に出て、ユリの手から用紙を受け取った。
「この用紙、裏面だけじゃなくて、もっと奥までインクが染みてる。
見えるか? これ、熱を加えると浮かび上がる“レモン汁の文字”だ」
ライターの火が灯り、紙の表面に新たな文字が浮かび上がる。
『七番目の加害者は、教師ではない。
その日、誰もいないはずの資料室で、
“火曜会の原型”が誕生した。
私の名は、ユリ=ミカヅキ。
これは、私がかつて創った“逃げ場”の話である。』
「……え?」アメが声を漏らす。
「君が創始者……?」リクも目を見開いた。
ユリは、ゆっくりと頷いた。
「“嘘の遺書”は、私が始めた。
だけど、“それだけじゃ足りない”と思って、君に託した。
あの時の私は……逃げるしかできなかったから」
リクは深く息を吐いた。
水槽の中のレンの名が、再び現れては、崩れていく。
「火曜会は、逃げ場なんかじゃなかった。
これは、“嘘を朗読することで、本音を吐かせるための、実験”だったんだな」
誰も、反論しなかった。
ノノだけが、薄暗い影の中で、ぽつりと呟いた。
「じゃあ、誰が……この“逃げ場”を“牢獄”に変えたの?」
その言葉に、全員が黙った。
紙の焦げ跡は、まるで地図のように歪んでいた。
その地図が指す先には、まだ誰も気づいていない──
“火曜会の本当の起源”が眠っている。
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