第4話──誰が遺書を書くのか

イサクラは「火曜会」の主催者がいなくなったと聞いたとき、心の奥底に妙な安心と不安が同時に湧いた。

奇妙な二律背反だ。誰かが消えるというのに、どこかホッとする。そして、言い知れない恐怖に背筋が冷える。


地下へと通じる鉄扉を開けると、今夜も数人の顔が並んでいた。

目元を覆うフード、無言の笑み、蒸れた空気のなかに漂う、焚き火の匂い。

一人が、ことりと袋を落とす音がした。


「今日は誰が書く?」


ぽつりと声が落ちた。主催者の代理なのか、それともたまたま声が出ただけなのか、誰もそれに答えない。

ただ、輪の中心に座っていた細身の女が、ゆっくりと手を挙げた。


「書いたの。今週は、わたし。」


女の名はわからない。皆、名乗らないのがルールだった。

彼女の遺書は、まるで一編のラブレターのように始まった。


——あの日、彼の机の引き出しから盗んだ小さなメモ帳。

——「好き」の文字が消されて、「死ね」と書かれていた。


会場にざらついた空気が流れる。

彼女は続けた。

「わたし、ね。殺してないの。ただ、“誰かに殺されるように仕向けた”の。」


言い方は芝居がかっていたが、まるで自己催眠のようでもあった。


イサクラはそのとき、女の靴に目がとまった。

白地に青のライン。

10年前、小学校の廊下に落ちていた“例の鍵”の近くに、こんな靴があった。

息子が死んだとき、教室に残っていた「第2の足跡」の靴型に、酷似していた。


──偶然か?

それとも、必然か?


集会が終わり、人々が散っていくなか、イサクラは女に声をかけた。


「君、昔……教師をやってたことは?」


女はふと目を見開いたが、すぐに笑った。


「いいえ。わたし、生徒の方よ。」


間が空いた。イサクラはその場で言葉を失った。


女は帰り際、さらりとこんなことを言った。


「でも、“どちら側だったか”って、本当は関係ないと思うの。

 人は、教えることでも、教えられることでも、人を壊せるから。」


その言葉は、冗談めいていた。

でも、イサクラの胸に深く突き刺さった。

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