永久就職先のお嫁さんが強くてカワイイ
トン之助
第1話 次の就職先は私の所なんてどうですか
「次の就職先は私の所なんてどうですか?」
会社の倒産が決まった頃、お世話になった得意先の喫茶店で最後の挨拶をしていると、マスターの娘さんから衝撃的な事を言われた。
『喫茶店 フラワーガーテン』の看板娘にして僕も彼女を一目見たいが為に何かと理由をつけて通っていた。
調度品等をご贔屓にしてもらっていたので、ここのお店とも最後になるのかと考え込んでいる内に挨拶回りを最後にしてしまった。
そして会社の倒産の旨を伝えて、実家に帰ろうと思うとマスター達に告げた時、慌てた様子の彼女からそんな事を言われたのだ。
理解するのに数秒、頭の回転が早いと自負している僕は一拍の間のあと返答を口にする。
「り、履歴書を持ってきますね」
「んふふっ。面接は今度の土曜日でいかがですか?」
「はい、喜んで」
隣でコーヒーを飲んでいたマスターが吹き出すのを初めて見た。
何事もタイミングだと誰かが言っていたけど、僕にとってはまさにこの時がそうだったのだろう。後に振り返っても人生の転換点に違いなかった。
――――
あくる日の土曜日、僕は休日にも関わらずスーツを身にまとい『休業』の看板が掛かった喫茶店をノックする。
カウンター越しでこちら側を見ていた花園さんがパァっと花が咲いたような笑顔でいそいそとやってくる。
みんなあの笑顔が見たくてここの常連になっているんだ。そう思わせるような華やかさが彼女にはあった。
「すみませんお待たせしてしまったようで」
「いえいえ、早いくらいですよ。私が待ち遠しくてカウンターにいたんです」
「そ、そうですか」
「んふふっ」
少し俯きながら笑う彼女はやはり笑顔が似合う女性だ。コーヒーの香りの邪魔になるからと普段は香水を付けないはずなのに、彼女の髪の毛から石鹸のいい匂いがする。
もしかして僕に会うのを楽しみにしてくれていたのかと思うと鼻の下で滑り台が出来てしまいそうだ。
「ささ、中へどうぞ」
「ありがとうございます」
「奥で父も待っていますから」
「は、はい」
入り口のガラスにスクロールカーテンと戸締りをした彼女はカウンターの奥へと僕を案内してくれた。
そして恐らく従業員休憩室になっているであろう扉を開けると、マスターがげっそりとした顔で待っていた。
「お……」
なんと声を掛けたらいいか分からず固まってしまったが、やはり挨拶はしっかりしないといけない。親しき仲にも礼儀ありの言葉通り初めて会った時のように自己紹介をする。
「こんにちは
色々とツッコミ所が多い挨拶だと思うけど事実だから仕方ない。
僕は今日、採用試験を受けに来たのだ。
うん、そうに違いない。
僕の挨拶に目をパチクリさせたマスターは隣に座る翠さんを見てこう漏らす。
「これワシいる? いらんじゃろ」
「んふふふっ」
マスターがけっそりしているのは何となく想像が着く。だって最後の挨拶に伺ってから喫茶店フラワーガーテンは臨時休業の看板を三日も出していたのだ。
親子の事情は想像するしかないとして、順を追って面接に望まなくては。
「こちらが、僕……わたくしの履歴書になります」
「はい、お預かりしますね」
マスターに渡そうとしたけど、翠さんが横からズイッと掴み取ったのでそれに従う。僕の実家もそうだけど、やはり家族バランスとしては女性が強いのはどこも一緒かもしれない。
「ふむふむ。おおよそ私が知っている内容ですね」
「そうですか」
知っている内容とはなんだろう。マスターに学歴の事を話した記憶は無いけれど、ここの店に来ていたのは僕だけじゃない。もしかしたら同僚や上司伝手で知っていたのかも。
履歴書を見ながら頷く彼女。
前髪が少し紙に触れそうなほど真剣に読んでくれている。
「さて、これを元に面接を始めます」
「よろしくお願いします」
ピリッとした空気に早変わりした室内で膝に置いた拳がキュッと固くなるのを実感する。どんな事を聞かれても素直に答えるのが一番。そうすればきっと良い結果になるだろう。僕は逸る気持ちを抑えながら面接官の顔を見る。
「それではまず始めに……私の事をいつ頃意識し始めましたか?」
そんなのは決まっている。
「はいっ! 二年前、最初にお会いした時の笑顔で僕の心に緑の恵が咲きました。端的に言って一目惚れですね」
「採用ですっ!」
「これワシいる? ホントいらんじゃろ」
マスターの嘆きはブラックコーヒーに吸い込まれていった。
次の更新予定
2026年1月2日 19:00
永久就職先のお嫁さんが強くてカワイイ トン之助 @Tonnosuke
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