聖魔(転移)
かわくや
第1話
それはいつもと変わらないほんの日常の……筈だった。
「……えーっと」
それはそう。家のチャイムに呼ばれて外に出た今この瞬間までは。
目の前にあるのは、白い布で覆われた一つのバスケット。
その頭上には切れかけた蛍光灯が瞬いており、虫も集らないほど弱々しい明滅がバスケットを照らしていた。
まるでそのバスケットの中身もそうであると言うように。
「……」
左右に広がるコンクリートで出来たマンションの廊下。
そこを見渡しても、辺りには人っ子一人いなかった。それも道理だろう。
なんせ時間はすでに11:00を越している。
こんな時間に起きている人間は居ても、外に出ようという人間は少ないに違いない。
問題はこんな時間にうちを訪ね、いたずら小僧じみた置き配をしていくような人間は誰なのかということだが……とりあえず中を見てみようか。
そう考えた僕は、白い布をめくり……
「……」
すっ と。
元に戻した。
そして、もう一度左右を見渡す。
誰も見ていないということを確認した僕は、
バタン。
バスケットを拾い上げ、自分の部屋へと戻った。
「……っぷー、落ち着け……おちつけぇ……?」
その戻った部屋の中。
冷たいドアにもたれ、ずり落ちながら、僕はそう呟く。
「……」
胡坐をかき、改めて剥いた白い布の下。
その中には、
すぅすぅと寝息を立てる赤ん坊が居た。
まだ生まれて一年も経っていないのだろう。
その小さな手から、拳のような顔までがりんごの様に赤く、しわの入っている。
そんな赤ん坊だ。
……だからこそ余計に疑問が湧いてくる。一体なんだというのだろうか。
捨て子?この現代で?
だとしても、なぜこんな生まれたばかりの子を僕の部屋の前に置いた。
まるで最初から誰かに渡すためだけに生んだ子だとでも言うように。
……まぁ、いいか。とりあえず警察にでも……お?
そう考えて感じたやるせなさを振り払い、腰のスマホに手を伸ばそうとしたところでとあることに気が付いた。
未だすやすやと眠る赤ん坊の足元。
赤ん坊が暴れたのだろう。随分くしゃくしゃになってはいるが、一枚の紙がバスケットと一緒に入っていたのだ。
ドラクエでしか見たことは無いが、母親からのメッセージのようなものだろうか。
とりあえず読んでみよう。
そう考え、紙を手にした時だった。
バチッ
「イッ!!」
何かがはじけるような音とともに、指先から体の芯を電流が駆け抜けたかのような衝撃が僕を襲った。
いったいな……なんだこの、この……
内心そう文句を垂れながらも、紙をつつくも、幸いというべきか。どうやら二度目は無かった様だ。
なんだぁ?静電気か?それにしちゃ電圧が半端なかったんだが……そもそも紙に電気って溜まるのか?
そう首を傾げつつ、僕は紙を掴んで中を開いた。
ざっくりとみる限り、どうやら予想した通りメッセージの様な物らしい。
それはそれとして肝心なのは内容なのだが……
そう考えて目を向けた一番上に堂々と描かれていた文字に僕は愕然とした。
井田頼 富双……そう、何を隠そう、僕の22年間生きて使ってきたその名前がメッセージの最初に書かれていたのだった。
つまりこの赤ん坊は本当に僕に向けて渡された?
一体なぜ……
そんな疑問にも背を押され、僕はメッセージを読み進めた。
くちゃくちゃになりながらもやけにきれいな文字によると、どうやらこういうことらしい。
突然のことでまことに申し訳なく思うのですが、この度は貴方様にお願いをしたくお訪ねさせていただきました。
単刀直入に言います。
どうかその子を連れて私たちの世界に来ていただけはしませんでしょうか。
聞きたいこと。心の準備。
いろいろな都合が貴方様にもあるでしょうが、申し訳ございません。
時間がないのです。
貴方様がこの手紙を読むであろう時間から30分後にはこの子は魔力を取り込めずに死んでしまいます。
こちらから今お渡しできる情報は、通貨、衣類、住居。
生活に必要な最低限度の資源はご用意があります。ということ程度になります。
もし、こんな道理も通っていないようなお願いを通していただけるのなら、時間以内にこの手紙を燃やしてください。
それがこの依頼への返事になります。
もし、この手紙もバスケットもなかったことにしたいのでしたら、バスケットに手紙を入れて元の場所へ。
時間が来たらこちらで回収いたします。
ご検討の方をよろしくお願いいたします。
……とのことだそうな。
「……よし、行こうか」
読み終わった僕はそう呟き、バスケットを持ち上げた。
そのままリビングに移り、背の低い食卓にバスケットを乗せて押し入れへ。
ほこりを被って久しい旅行用の筒状鞄を取り出し、考え付く限りの物資を詰め込み始めた。
まずは服。
あるとは言われたが、肌に合うとは限らない。
次に包丁を新聞紙で包む。
刃物はあって困ることは無い。
次に二リットルのペットボトルに水を入れたもの。
水さえあれば餓死も多少伸ばせると聞いた。実際なんて当然知らないが。
チャッカマン。
火種もあって困らないだろう。
「……こんなもんか?」
そこまで入れたところでこう判断した僕は、鞄のあまりに追加で服を詰め込んでいった。
可能な限り早くそれを終わらせて、
「……よし、行こう」
そう呟き、僕はコンロに火をつけ、紙を炙った。
それに火がついたことを確認した僕は、紙を乾いたシンクに放り捨て、バスケットを抱き上げる。
見れば、火を付けた紙が赤い光を放ち始めていたようだが、赤ん坊はまるで我関せずとでも言いたげに眠っていた。
……この子は随分な大物になるだろう。
その様子に少し頬を緩めながら、同時にこうも思う。
やはり子供の命が無くなるなんてことは二度とあってはならないのだ。
……二度と、だ。
それが僕がシンクからあふれる光に包まれる前に考えた最後の事だった。
聖魔(転移) かわくや @kawakuya
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