4-8
「じゃあ、お昼はこのお店で」
「ここって……」
まだ短い付き合いですが、ここまで知り得た知識を総動員しました。
俺と鷺ノ宮さん共通の好きな食べ物。遊園地で食べられなかった、ラーメンです。
俺と鷺ノ宮さんはラーメン屋の前にいました。
「鷺ノ宮さんの好きな食べ物……これしか知らなくてさ。だから、これからもっと鷺ノ宮さんのことを教えて欲しい。今度こそちゃんと友達以上の関係になりたい」
「と、友達以上の関係!?」
「い、いや! その、へんな意味じゃなくて、上辺だけの友達じゃないって意味で!」
昔は誰とでも仲間になることができました。
それから、社会性を身につけていくうちに、いろいろなしがらみが増えて……。
誰とでも、簡単に、仲間になることは難しくなりました。
俺は数年ぶりに、ちゃんと仲間を作ろうとしているのです。だから、断られたらどうしようとか、恥ずかしいなとか、もう、とにかくテンパっています。
「……でも、あたしとの約束破った」
「それは本当にごめん。でも、もう大丈夫」
「大丈夫って?」
「遼たちに全部話した」
「……どういうこと?」
俺はここまでの経緯をすべて話しました。
過去のことも、遼たちとの新たな関係も、今日のデートに協力してもらったことも。
「それが、あんたが他人の顔を伺っていた理由……」
話を聞いた鷺ノ宮さんは、暗い顔をして俯いてしまいます。
これじゃあ折角のデートが台無しです。
俺は別に過去のことを同情して欲しいわけではありません。
大事なのは今現在です。今この瞬間が全てなんです。
「でもそんなことは言い訳にもならないよ。鷺ノ宮さんがオタクだってことが分かって、俺は心から仲間になりたくて、一歩を踏み出したのに……それを裏切ってしまった。 でも聞いてほしい。あの時、遊園地では言えなかったけど……先週、鷺ノ宮さんと一緒に過ごした時間は、最高に楽しかった! これからも鷺ノ宮さんとあんな素晴らしい時間を過ごしたい! 全ての人と仲良くなるのは無理だけど、自分に関わってくれる人には正直でいたい。だから、もう一回チャンスをください!」
「…………」
伝えられることは全て伝えました。
あとは鷺ノ宮さんの返事を待つだけです。でも、たとえ拒絶されても諦めません。
恋ヶ窪さん、遼、広大、新一、相内さん、山野辺さん、樋口先輩、椿くん、はるかちゃん。俺は多くの人の期待を背負ってここにいます。
「……ラーメンは江古田の奢りだから」
「もちろん」
最初からそのつもりでした。
「あ、あと! デートでラーメンってのもどうなの? ほんと信じられない。絶対ニンニク臭くなるし。ほんと最悪。でも、まぁ、なんて言うの? あたしのことを考えてくれたことは素直に嬉しいというか……。それに、もうそんなに怒ってないというか……あーもう! 本当に次はないからね!」
「ありがとう、鷺ノ宮さん」
安心して肩の力が抜けてしまいました。
本当に良かったです。俺は大切な今を守ることができました。
「……それやめてよ」
「え、なにが?」
「その鷺ノ宮さんって呼び方!」
「いや、だって、俺……女子のこと名前で呼んだことないし」
ひと段落したと思っていたのですが、そうは問屋が卸さないみたいです。
「あ、あたしたち仲間なんでしょ!? あたしも、その……しゅ、俊介って呼ぶし! それだったらいいでしょ!?」
「いやいや、鷺ノ宮さんがそう呼ぶ分には構わないけど、俺が名前で呼ぶのは恥ずかしいというか……」
俺のスタンダードは名字をさん付け、君付けです。最初は、遼たちのことを名前で呼ぶのも苦労したんですから。鷺ノ宮さんの要求はハードルが高すぎます。
「……ちょっと前に『なんでもいうこと聞く』って言ってたよね?」
「一体、いつのことを持ち出してくるの!? てか、よく覚えてたね!?」
「女は執念深いから」
ちょうど一週間前。交際しはじめたことを遼たちに報告した際、どちらから告白したかの設定で一悶着ありました。
結果。鷺ノ宮さんに折れてもらい、鷺ノ宮さんから告白したことにしてもらったのです。その時に、俺は「なんでもいうことを聞く」と口走ってしまいました。
「わ、分かったよ! よ、呼ぶから……!」
「今呼んで」
今日の鷺ノ宮さんおかしいです! 自分の欲求に正直すぎます!
「……咲」
「………………………………………………改めてよろしく。俊介」
あああああああああああ、めっちゃムズ痒いです!
背中が痒いし、顔は熱を持っていますし、とにかく恥ずかしいです。
「あともう一つ」
「まだあるの!?」
もう色々と限界でした。
「連絡先教えてよ。……恋ヶ窪明音には教えたんでしょ」
「あ、そのくらいのことなら」
どんな無理難題を言われるのかと身構えていたので、思ったより容易な要求で拍子抜けしてしまいました。
俺はスマホを取り出して、メッセージアプリのIDを伝えます。
「さーて、じゃあラーメン食べましょ。あたしお腹減っちゃった」
「あ、ちょっと待って!」
鷺ノ宮さん……いえ、咲はスタスタとお店の中に入って行くので、慌ててそのあとを追いかけます。
その後も、二人で楽しく秋葉原を回りました。
詳細は省きます。
ただ一言、最高に楽しかったです。
俺の世界は、俺が見て感じているものでしかない。
人はそれぞれの世界を持っています。
同じものを見ているのに、違うものを見ているようです。
俺にはとって最高に萌える神イラストは、緑生高校の生徒にとって気持ち悪いものに過ぎません。
同じものを見ているのに、違って見えるなら、俺たちそれぞれの世界は決して交わらないのでしょうか。
いいえ。
同じものを見て、違ったふうに見えるからこそ、人と交わりたいと思うのではないでしょうか。自分とは違った見え方を、求めているのではないでしょうか。
俺はあなたにとっての、あなたなんです。
自分さえ手を伸ばせば、世界はきっと交わります。
鷺ノ宮さんとの出会いが————そんなことを教えてくれました。
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