LIFE IS
KOU
第1話満ちていく
満ちていく
空が澄み渡る日、彼は小さな庭の隅に置かれた
椅子に座った。70にもう少しで手が届く体は
昔のようにはもう動かない。動かないが、代わりに
膝の痛みが天気を教え、指の節々が朝の冷えを感じ取る。我が身が教えてくれることは多い。老人は
少し寂しげに苦笑する。
座ったままゆっくりと空を仰ぎ見る。
「また一日が始まる」
雀が庭の隅に植えた桜の木にとまる。二十年前に娘と一緒に植えた木だ。今では立派に育ち、春になれば美しい花を咲かせる。娘は遠く離れた街で彼女が
夫とつくり上げた家族と暮らしている。
朝のルーティンは変わらない。ラジオをつけ、
古いポットでお茶を沸かす。妻の形見になった
茶碗でいただく朝茶は大袈裟に言うなら
一日の中で特別な時間だ。
今日も一人で過ごすことは承知の事だけど
寂しさは苦痛ではないなと彼は思える。
老いていくことは、彼にとって満ちていくことでもあった。
満ちていくとは、若い頃は気づかなかったを
気づくようになる事かも知れない。今より随分
若い頃は忙しいが口癖で勝手に時間に追われて
毎日を生きていた。
だからこそ今が尊く思えるんだ。
鳥たちのさえずり、雲の形の面白さ、
家近くの川沿いの散歩道に健気に咲く
可愛い花たちよ。
皆、老いて知ることができるのだ。
老いてやっと知ることができることを
今は楽しみたい。それがこれまで出来なかった
こと、私の人生パズルの空いた場所に足りない
ピースを埋めていくこそが生き続ける理由
となってくれるだろう。そう、彼は
思いながら毎日の朝を迎えている。
それこそが満ちていくことかも知れない。
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