第7話 二つの戦場、上海と東京
星都銀行。日本の経済の中枢を担う大手金融機関が、ヴァルハラの次の標的となる可能性が浮上した。
「葉加瀬、星都銀行のシステムに仕掛けられたであろう脆弱性の特定を急げ。速水、星都銀行へのサイバー攻撃の兆候があれば、直ちに報告しろ」
元村の指示に、葉加瀬は既に星都銀行のネットワークログと、ヴァルハラの攻撃パターンを照合し始めていた。速水もまた、星都銀行のシステムへの異常なアクセスがないか、AIを利用し監視させている。
「警部、星都銀行のセキュリティシステムは非常に堅牢ですが、ヴァルハラが使用しているような特殊なプロセッサの弱点を突かれれば、突破される可能性があります」
葉加瀬が解析結果を報告する。
「彼らは、表向きは金融機関のシステムを麻痺させることで経済的混乱を狙いますが、その裏で、さらに巧妙な情報を引き出すつもりかもしれません」
「反町、片岡、準備を急げ」
元村が二人に声をかける。反町は重厚なタクティカルベストを身につけ、片岡は銃器の支度に余念がなかった。
「いつでもいけるぞ、警部」
反町が力強く答える。片岡もうなずく。
「目標は、上海にあるヴァルハラの中継地点の制圧と、彼らが仕掛けようとしているサイバー攻撃の阻止。そして、彼らが持っているすべての情報を回収する」
元村は上海への出発を前に最終的な指示を出す。キャップこと武藤は、奥の席で腕組みをして座っている。
「上海への潜入は、公安からの支援も取り付けた。だが、あくまで非公式な協力だ。万が一の時は、警察としての身分は保証されない。いいな」
武藤の声には、いつもの飄々とした調子の中に、微かな緊張が混じっていた。元村はうなずきながらわずかに笑みを浮かべて言った。
「いつものことだ」
そして、彼女は林に視線を向けた。
「林、君には、東京で星都銀行を守ってもらう。我々が上海でヴァルハラの物理的な拠点を叩く間、君たちはサイバー攻撃からシステムを守り抜く」
「了解です、警部!」
林は力強く答えた。彼の胸には、武藤の言葉が重く響いていた。非公式な任務。身分が保証されない。それでも、自分はこのチームの一員として戦うことを選んだのだと。
そして上海。
ヴァルハラの中継地点と目されるビルの前に、元村、反町、片岡の三人は姿を現した。
「速水からの情報では、このビルから星都銀行への最終攻撃が行われる可能性がある」
警備は厳重だ。
元村がスマートウォッチに表示されたビル内部の図面を確認しながら、二人に指示を出す。
「片岡、狙撃ポイントを確保しろ。反町、侵入経路は?」
「非常階段から最上階を目指す。途中、敵の抵抗は当然あるだろうが、俺が突破口を開く」
反町が野太い声で答える。片岡は既にビルの向かい側の高層ビルへと移動し、狙撃ポイントの確保に取りかかっていた。
同じ頃、東京の403地下本部では、林、速水、葉加瀬の三人が星都銀行のシステム監視に集中していた。壁一面のディスプレイには、星都銀行のネットワークの状況がリアルタイムで表示され、異常があれば瞬時に警告が発せられるようになっている。
「速水、星都銀行のアクセスログに異常はないか?」
林が尋ねる。速水は複数のキーボードを同時に操作しながら、目をディスプレイから離さない。
「今のところ、目立った異常はありません。しかし、水面下で不審な通信が増加しています。おそらく、攻撃の準備段階に入っているかと……」
速水の言葉に、林の緊張感が高まる。
その時、ディスプレイに赤色の警告が一斉に表示された。
「林さん!来ました!星都銀行のシステムに、大規模なDDoS攻撃の兆候です! ヴァルハラが仕掛けてきました!」
速水の声が響く。ディスプレイには、無数のIPアドレスから星都銀行のサーバーに向けて、大量のデータが送りつけられている様子が示されている。DDoS攻撃は、サーバーに過剰な負荷をかけることで、システムを機能不全に陥らせるサイバー攻撃の基本的な手法だ。
「速水、防御壁を構築しろ! 不正なアクセスをシャットアウトするんだ!」
林に言われるより先に、速水は高速でコードを入力し、防御プログラムを組み上げはじめていた。
「防壁構築開始しました!しかし、相手の攻撃規模が大きすぎます!このままでは、数分でシステムが麻痺します!」
速水が早口で言う。林はディスプレイに表示される星都銀行のシステム情報を確認する。ヴァルハラの攻撃は、複数の国を経由し、巧妙に偽装されたIPアドレスから仕掛けられていた。
「どこか、突破口になる場所はないのか……」
林は必死に目を凝らす。葉加瀬が言う。
「林!星都銀行の金融システムには緊急時にネットワークを一時的に隔離するバックアップシステムが存在する。それを起動させろ。そうすれば、攻撃を一時的に凌ぐことができる」
葉加瀬の指示に、林は即座に星都銀行のシステム構造図をスマートグラスで確認する。バックアップシステムは、メインシステムとは別のセグメントに存在し、緊急時に手動で切り替えることが可能だ。しかし、切り替えには複雑な認証が必要となる。
「速水、バックアップシステムへの切り替えを試みる。認証を突破できるか?」
林は速水に問いかけた。
「やってみます!」
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