第6話 ヴァルハラへの道標

“ヴァルハラ”


 その名は、国際的な犯罪組織の裏社会では知らぬ者がいないほどの悪名高き存在だ。


「民間軍事会社が、なぜ日本のインフラ情報を狙うんですか? 金銭目的だけではないはずです」


 林の問いに、葉加瀬が解析結果をディスプレイに表示した。


「ヴァルハラは、過去に複数の国家でクーデターや内戦に介入し、そのたびに大規模なサイバー攻撃を仕掛けています。彼らの目的は、単なる金銭ではなく、対象国の国家機能麻痺、ひいては社会秩序の混乱を誘発することで、自らの影響力を拡大することです」


「つまり、日本のインフラ情報を利用して、大規模なサイバーテロを計画していたということか……」


 反町の表情が険しくなる。片岡は無言で銃の手入れを続けていたが、その手つきがわずかに速まったように見えた。


「速水、ヴァルハラの過去のサイバー攻撃におけるパターンを解析しろ。彼らの次の行動を予測する」


「はい!」


 元村の指示に、速水は集中してキーボードを叩く。ディスプレイには、ヴァルハラが関与した過去のサイバー攻撃のデータが次々と表示されていく。


「過去の攻撃データから、共通の傾向を発見しました。彼らは、常にターゲット国の主要都市にある特定の金融機関のシステムを標的にしています。直接的な金銭の奪取ではなく、システムを麻痺させることで、経済的な混乱を引き起こしているようです」


 速水の報告に、林ははっとした。


「金融機関……今回のインフラ情報と合わせて考えると、大規模な社会インフラと経済の同時破壊を目論んでいたということか!」


 元村は即座に日本の主要金融機関のリストを呼び出した。


「葉加瀬、これらの金融機関のセキュリティシステムと、ヴァルハラが使用しているプロセッサの互換性を調査しろ。脆弱なシステムを持つ金融機関が、次のターゲットになる可能性が高い」


「了解」


 葉加瀬は眼鏡を押し上げ、複数の端末を操作し始めた。


 その間、林は元村の横で、今回の事件の全容を改めて見つめ直していた。王海というIT企業の役員が殺され、その背後には「コード・ミダス」という情報売買組織がいた。そしてその正体は、ロシアの民間軍事会社「ヴァルハラ」。彼らは日本の重要インフラを狙い、さらに金融機関のシステムにも介入しようとしていた。


「警部、もし彼らが日本の金融システムに介入しようとしているなら、その準備を進めているはずです。どこかに彼らの『中継地点』があるはずだ」


 林がそう口にすると、元村は林の顔をじっと見つめた。


「その通りだ、林。ヴァルハラの動きを、これまで以上に監視する必要がある。速水、過去のデータから、彼らの活動拠点となりやすい都市のリストを絞り込め。特に、日本へのアクセスが容易な場所を重点的に」


 速水はデータ解析を続け、数分後、彼女の声が響いた。


「過去のヴァルハラの攻撃パターン、そして今回使用されたプロセッサのサプライチェーンから、彼らの主要な活動拠点がいくつか浮上しました。その中でも、日本への物理的、サイバー的なアクセスが最も容易なのが……上海です」


ディスプレイに、上海のマップが映し出される。


「上海……」


 反町が低い声でつぶやく。


「よし。ヴァルハラの次の動きは、おそらく上海から発信される。彼らの狙いは、日本の金融機関。そのシステムに脆弱性を仕掛け、経済的な混乱を引き起こすことで、日本を揺さぶるつもりだろう。そしてその裏で、おそらく日本の重要インフラへの攻撃も同時に仕掛けてくる。同時多発的な混乱を引き起こすことで、日本の防衛能力を分散させ、完全に機能不全に陥れるつもりだ」


 元村の言葉に続いて、葉加瀬がディスプレイに表示された金融機関のセキュリティレポートを指さしながら付け加えた。


「警部、東京に本社を置く星都銀行のシステムに、不審なアクセスが複数回試みられています。これは、ヴァルハラが使う手法と酷似しています」


 星都銀行は、日本の経済を支える主要な銀行の一つだ。


「速水、星都銀行のネットワークへの侵入を試みているIPアドレスを逆探知しろ。葉加瀬、星都銀行のセキュリティ担当者と連絡を取れ。キャップは上層部への報告と、上海への潜入チームの手配を」


 元村は次いで林に言う。


「林、君には速水と共に、ここから星都銀行のシステムを監視してもらう。もしヴァルハラが本格的なサイバー攻撃を仕掛けてきたら、速水が防衛壁を構築し、君がそのサポートをするんだ。我々が上海で彼らの本拠地を叩く間、君たちが日本の金融システムを守る。これは、君にしかできない任務だ」


「了解です、警部!」


 林は即座に返答したが、これから立ち向かう相手の強大さにめまいを覚えそうだった。

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