潮の声にて

或 るい

潮の声にて

《潮の声にて》

夜の冷たさは

もうとっくに誰かの温もりを忘れてしまっていた


それでも

あの波の形を思い出す

──君が泣いたときの、目のふちのかたちに似ていたから


灯台は 誰かのために

光を振るっているのではない

誰も来ない闇に

まだここにいると告げるためだけに


だから

孤独というのは

「ない」のではなく

「まだある」ことの証かもしれない


潮が引くたび

砂の下に 言えなかった言葉が埋まってゆく

それは声ではなかったけれど

確かに耳の奥で疼いた


──もし今も君が海の向こうにいるなら

風のやさしい日にだけ

返事はいらないまま 呼んでみる


泡立つ静けさに

答えはないけれど

きっとそれでいいんだと思う

ひとりきりの胸が、こんなに波打つんだから

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

潮の声にて 或 るい @aru_rui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ