第三十話 咲いてはならぬ者の名を呼べ

【SE:炎のざわめき、風のない空間で鈍く燃え上がる音】


 槇篝の前に立ちはだかる、黒く煤けた花の影。

 それは、咲かぬことを命じられた者たちの記憶と祈りが集まり、形を成したもの――


「おまえは、咲いてはならぬ」


 声ではなく、呪いそのものだった。

 土に染みこんだ命令。

 火を宿した根をねじ切り、花弁の芯を焼き潰す、永き封印の言葉。


【場面:月祀の中心、崩れかけた祭壇】

 槇篝は立っていた。

 《篝火》を背に、髪をほどき、炎のごとく燃える瞳で“否花”を見据えて。


槇篝「……わたしは、咲く。

かつて命じられた“咲くな”は、

もはや……わたしの名ではない」


 足元に、月と火が交差する。

 その瞬間、祭壇の中心に刻まれていた**“贄”の紋が剥がれ落ちる**。


【SE:紋様が焼き切れる音――ジュウウッ】


美香「お姉ちゃん……っ!」


とも「教祖様……“名を呼ぶ”とは、“命を取り戻す”こと……!」


ちよ「この場で“名を呼ばれた”瞬間、否花は反転するはずです。

“咲かぬ者の象徴”が、“咲くことを赦される記憶”に――!」


【回想:幼き槇篝、祭壇の陰に隠れていた少女たち】

「あなた、火を灯せるの?」

「ううん……火は、名前がないと灯らない」

「じゃあ、名前をあげる。あなたの名は――“篝火”」


 火が灯るには、名がいる。

 “否花”に囚われたままの者たちも、本当は皆、呼ばれるのを待っていた。


【現在:決着の瞬間】

槇篝「……わたしの名を返して。

咲かぬと命じられた、その記憶を――」


《篝火》「わたしの中にいる、あの子の名も、呼んで」


 槇篝は歩き出す。

 炎の花が足元に咲き、否花の影を淡く焼く。


「あなたの名は――《カガリ》」


【SE:爆ぜるような風。火花が空に舞い、黒い影が花弁となって消える】


【影が散るあと、光の花が地を覆う】

 月光が戻る。

 咲かぬと命じられた大地が、静かに火の花を咲かせはじめる。

 贄の制度が、確かにひとつ終わった。


律(モノローグ)


「封印は解けた。

 だが、“贖い”はここで終わらない。

 次に試されるのは――この火と花をどう受け継ぐか、だ」

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