第七話:儀の果て、花は咲き終わらず
「花は、終わりをもって咲くのではない。
名を呼ばれ続ける限り、それは咲き続けている。」
【SE:鈴の音。風に交じる微かな花の香り】
儀は、終わった――
けれど、屋敷に漂う気配はなお張りつめていた。
それは、終わらぬものがまだ此処に在る証――
誰の祈りも届かず、誰の涙も乾かぬ“何か”の気配だった。
朧は“名”を定め、影と和した。
その身は贄ではなく、花でもない。
“咲くことも、枯れることも許されぬ”――静かなる礎。
忘れられた声を抱き、咲き損ねた命に名を与える者。
それが、いまの朧だった。
ただ、“契りを越えたもの”として、そこに在る。
槇篝は、そんな朧の横顔を静かに見つめていた。
その瞳は、誰よりも深く“名のない痛み”を知る者の眼差しだった。
何も言わぬまま、ただ――その存在を認めていた。
言葉は、まだ交わさない。
だが、その沈黙は、もはや迷いではなかった。
祈りにも似た静けさのなか、槇篝は一つの“終わり”と、そして“始まり”を見ていた。
言葉は要らない。
ただ、そこに在る彼女の存在を――見つめ、抱いていた。
「……これで、すべてが終わると、思っていたのに。」
朧がふとつぶやく。
白無垢の袖が風に揺れ、夜の冷気が肌を撫でた。
「終わったのは“形式”。
始まったのは……“存在としての変化”だ。」
槇篝の声は、やや掠れていた。
儀の副作用は、影を抱く者である彼にも及んでいたのだろう。
【SE:軋む木の音。背後、老巫女が現れる】
「……貴女たちは、“花の主”ではありませんでした。
“花そのもの”でも、ありませんでした。」
老巫女の声は、まるで遠雷のようだった。
「貴女たちは、“根”となったのです。」
「……根?」
「はい。“誓い花”は、代々の贄の血と記憶を吸い、
再び咲くための根を必要とします。
その器として貴女は選ばれ、槇篝と契った。
これより屋敷の“花”は、貴女を中心に回り始めます。」
朧の目に、わずかな恐れと戸惑いが走った。
「つまり……私は、“贄”ではなくなった代わりに、
この土地と、すべての記憶を支える“根”になる……?」
老巫女は頷く。
「貴女は、終わりではなく、“始まり”なのです。
花が哭き、影が揺れるその先に――
新たな“贄”が、きっと訪れるでしょう。」
【SE:遠く、また鈴の音】
――そう、“咲き終わる”ことなど、許されていなかった。
祭壇の花は、未だ満開には至らない。
それはまるで、誰かを待つかのように――
静かに、ゆっくりと、次の鼓動を始めていた。
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