第五話:契約の果て、花は哭く

【SE:雨音――静かに降り出した、冷たい夜の雨】


誓いの儀から三日。

朧の部屋には、未だあの誓い花が一輪、枯れずに咲いていた。


けれど――それは、まるで朧の胸奥の痛みを象るように、

花弁の縁から、淡く黒ずみを帯び始めていた。


「……どうして、まだ枯れないの……?」


彼女は、眠れぬまま幾度も問いかけていた。

槇篝との契約、それは確かに“意志ある誓い”だったはず。

けれど、その代償――**この身に満ち始めた“影”**を、

誰も教えてはくれなかった。


屋敷の外れにある古井戸。

そこに、再び槇篝が現れる。


「……感じているな。花の哭きを。」


「……ええ。私の中に、“誰か”が……囁いてくるの。」


朧の目の奥に、赤い光が瞬いた。

それは、あの祭壇で灯った光に似ていた。

けれど――どこか、もっと冷たく、深く、乾いていた。


槇篝は語る。


「“贄”とは、運命の中で咲き、枯れる者。

だが、“契り花”とは、運命の根を喰らい、別の命を芽吹かせるもの。

お前の中に芽吹いたのは、花ではなく――影そのものだ。」


「……つまり、私は“人”ではいられない?」


「契約とは、命を繋ぐこと。そして命を削ること。

だが選べ、朧――お前は“咲く”のか、“沈む”のか。」


【SE:遠くで雷鳴。雨が強くなる】


沈黙ののち、朧は一歩、槇篝に近づいた。

その目には、迷いと決意、両方の色が宿っていた。


「なら、咲いてみせる。

この影が、誰かを傷つける前に……

私自身の意思で、咲き誇ってみせる。」


その言葉に、槇篝は初めて――微かに笑った。


「……それでこそ、“選ばれし贄”だ。」


雨の中、二人の影が重なり、

枯れゆく花がひとひら、地に落ちた。


それは、命を賭してなお咲こうとする者たちの、最初の喪失だった。

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