28話 迫られる選択

◇◇◇


(聞き違いじゃないよな? それとも、言わされているとか?)


 けれど、紅琳の推測は、すぐさま、華月の口で完全否定されてしまった。


「即刻、手配しますから。貴方は、市井で自由に生きてください」

「どうして、そうなる?」


 胸倉を掴んでやろうかと思ったが、周囲の目があったので、さすがに紅琳も堪えた。


 自分を救ってくれた皇帝を締め上げるなんて、それこそ、死罪だ。


(……場所が悪いな)


 怒鳴らないよう意識して、華月を手招きして、更に人気のない玄瓏宮の方に向かった。


 華月の従者も共についてきたが、ここまで、彼が連れて来るような人間なら、秘密の話しをしても、大丈夫だと思うようにした。


 質素な黒塗りの瓦屋根。

 勝手知ったる我が住処が見えたところで、紅琳はくるっと勢いよく振り返った。


「華月!」

「な、な、何ですか?」


 予想はしていただろうに、それでも紅琳の圧に、華月はおもいっきり仰け反った。


「あんたの考えていることが、私には分からない」


「単純ですよ。ようやく分かったんです。私は紅琳さまにとってお荷物以外の何物でもないんだって……」


「荷物? そんなふうに思ったことなんて一度もないんだけど?」


「私の扱いに、困っていたじゃないですか?」


「それはそうだ。困るに決まっているだろう? 女の友人だと思っていたら、男だって言うし。しかも、いろんな過程を吹っ飛ばして、私に自分の子供を産めってさあ、一体、何なんだっていう話だよ!?」


「…………うわっ、はい。言葉にすると、恐ろしいですね。私も自棄になっていたみたいです」


「そもそも、正体を明かした時点で、巻き込むつもり満々だったんだろう? 今更怖気づくのか?」


「それは…………」


「痛い目を見ないで済むのなら、私だって、その方がいいのかもしれないけど。でも、華月のこと……友達だと思っていたから、私だって困るよ」


「……友……達ね」


「そう。あんたは、可愛い甥で、大切な友達だ」

 

 かつての紅琳だったら、沙藩王を優先したはずだ。


 中途半端に、華月と玉榮の対立に手を貸すことなんてしなかった。


 沙藩王は、紅琳にとって十年間「家族」だったのだ。

 ……でも。


(華月だって、充分)


 後宮に入ってから日は浅いけれど、華月は紅琳にとって、大切な友だったのだ。

 高貴な女の園で、明らかに浮いてしまっている紅琳を、華月は温かい目で見守ってくれていた。


 あの時の笑顔、優しさは、芝居ではなかった。

 今だって……。

 勝手に気を回して、紅琳のためと決めつけてしまっている。


(ああ、そうだよ。私が悪いんだ。朔樹)

 

 華月にも、紅琳のどっちつかずの曖昧な態度は、バレバレだったということなのだ。

 

「私……か」


 ひとりごちて、大きな溜息を吐いて、紅琳はうなだれた。


 だが、それよりも更に肩を落として、物憂げな吐息を落としたのは華月の方だった。


「重ね重ね、申し訳ないです。紅琳さま。こんな命懸けのことに、巻き込んでしまって……。貴方の中で、いまだに沙藩王が大きな存在であるのなら、私からの申し出は、迷惑以外の何物でもなかったでしょう」


 病みきった呟きに、紅琳はゆるゆると顔を上げた。


「何を言って……」


「今更、言うなって話ですけど、昨日、破られていた貴方の絵を見て……。私に見せてくれなかった理由が分かったんです」


「……だから、私と沙藩王は」


「ええ。離縁した。ですが、貴方は沙藩王を憎んではいないですよね。むしろ…………。それなのに、蒼国に肩入れして、関係を悪くしたくないでしょう? いや、いっそのこと沙藩のために自滅するなら、してくれても構わないと思っているんじゃないですか?」 


「…………うっ」


 それはまさしく、つい先程、朔樹と話していた内容だった。


「……なあ、あんた、朔樹に、何か入れ知恵されたのか?」


「まさか」


「じゃあ、どうして?」


「朔樹殿から、近所で玉榮が人狩りをしていたと聞いて……」


「ああ。私もそれは聞いた。でも、被害はなかったって」


「被害がない? そんなこと今日は良くても、明日は分かりません。いよいよ、危険が貴方たちにまで、伸びてきてしまって……。関係ない市井の民まで、巻き込みかねない。……、もっと上手く対処できるのかもしれないのに」


「…………華月、あんたってさ」


「何ですか?」


「本当に、宮城ここの育ちなのか?」


 大きな鳥籠の中で、蝶よ花よと育てられたのなら、もっと性格は屈折するはずだ。

 自分のしたことに、反省などしないだろう。

 むしろ、独善的で自分が正しいと思う人間に仕上がるはずだ。


(だけど、多少、そういう要素もないと、人の上に立つ仕事は出来ないとは思うのだけど……)


 華月は形の良い唇に、薄い笑みを乗せた。


「一応、育ちは、宮城ですけど、たまに外に抜け出していましたよ。玉榮アレは基本的に、害さえなさなければ、攻撃はしてこないのです。無能な皇太子という扱いでしたけど、逆に、それなりの自由はあったのかもしれません」


「…………ふーん」


「だから、また厄介なんですよね……。玉榮は自分の危険を冒してまで、誰かの命を奪うようなことはしない。私さえ大人しく、アイツの人形になりさがっていれば、他の誰かが犠牲になることはないのです」


 言いながら、華月は強く拳を握りしめている。


(ごめんな。華月。何度かあんたとは手を繋いだこともあったのに)


 今まで、気にしたこともなかった。


 華月の掌には、剣を扱う人間特有の胼胝タコがあった。


 彼だって、必死に抵抗してきたのだ。


(私に去れと言いながら、それでもあんたは、一人で足掻くんだろう)


 玉榮の前では、無能になりさがりながら、それでも、華月は諦めていない。


(私が来たことで、華月は「」を出してしまった。私がここにいようか、去ろうが、玉榮は、確実に華月を狙ってくる。そのことに、華月自身も気づいているはずだ)


 ――選択を、迫られている?


 中途半端に肩入れすると、命を落とすと、紅琳は覚悟を問われているのだ。

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