10話 紅琳、厄介事に巻き込まれる

 ――華月が、蒼国の皇帝。

 

(……勘弁してくれよ)


 気を許して、今まで散々皇帝の悪口を吐いてしまったではないか。

 慶果=華月は、紅琳が頭を下げる隙も与えず、堰を切ったように、喋り続けた。


「ああ、本当に困ったものです。この国の主がこんな術に翻弄されているなんて、公にすることは出来ませんし、誰にも知られる訳にもいきません。緊張の余り、政務にも身が入らないし、女身化が怖いから、よほどのことがない限り、後宮の隅に潜んでいるしかない。だから、出来損ないの皇帝とか、泰楽帝そのものだとか、馬鹿にされてしまうんです」


「……わ、悪かったって」


「あげく、用済みとばかりに、殺されそうになって……」


「それは……また」


 酷い話だ。


 華月が、誰かに狙われているのは、皇帝だから……。


 どうりで、手の込んだ術を仕掛けてくるはずだ。


「特に最近、立て続けに、狙われていましてね。自分の居所は、少人数の臣にしか伝えないようにして、装飾品から食事に至るまで、徹底的に管理していたつもりでしたが、通行時に後宮の庭を突っ切っただけで、術を仕掛けられるなんて……。想定外もいいところです」


 ……なるほど。

 池で魚釣りをしているだけで、血相変えて走ってきた秀真にも深い理由があったのだ。


「私は秘密裏に手を尽くし、解呪法を探していました。不本意でしたが、皇帝になったのも半分はその為です。しかし、結局、分からず仕舞いで……。せめて、己の後継に希望を託せれば良いのですが、女人に触れて自分が女になってしまうようでは、未来永劫、子すら為すこともできません」


「それは大変だな。いや、大変ですね。陛下」


 紅琳はようやく隙をみて、拱手した。


(とんでもないことになったな)


 だけど、こんな出鱈目な展開、誰が想像できるだろう?


「紅琳さま。嫌ですよ。敬語はやめてください。私と貴方の仲ではありませんか。今更、気持ち悪いです」


「それは、あんたの方だろう? どうして皇帝が敬語なんだよ」


「色々あって……。後宮に潜んでいるうちに、敬語が身についてしまったんです。勿論、政務をしている時は、改めています」


 華月が唇を尖らせながら、紅琳を見上げる。


(皇帝の威厳って?)


 突っ込もうとしたものの、疲れたのでやめた。


「……で、先ほどの話ですけど」


 華月はすべて暴露して、すっきりしたのか、普段より倍、饒舌だった。


「貴方はご自身のことを無能と言ってましたが、しかし、私は貴方に触れても、女にならなかった。これが特別でなくて、何が特別なんでしょう?」


「さあな。親戚だから……とか? 血の繋がりがあると、呪術も効果ないんじゃないか? 私はあんたの叔母だからさ」


「しかし、私は母にも触れてみましたが、女身化して、隠れるのに難儀したものでした」


「偶然なんじゃ?」


「そんな偶然があって、たまりますか。貴方に触れても、女にならない理由が必ずあるはずです」


「それは、どうかな? 単純に、あんたが私を女だと思っていないだけのような気もするけど?」


「それは有り得ませんって! 私、秀真で女身化するんですよ」


「はあ? 秀真殿は、良い女だろう!」


「こ、公主さまったら……」


 ぽっと、頬を赤らめている秀真は置いておこう。

 いや、紅琳としては何としても、この先、彼が考えそうなことを阻止しなければならないのだ。

 さもないと……。

 けれど、華月は挑発するように、言うのだった。


「ともかく、貴方を女として見ていないなんて、それは絶対にありえません。私はいつだって、貴方のことを女性として……」


 ……と。そこまで言って、秀真の上目遣いに気づいた華月は、咳払いして誤魔化した。


「いいですか。貴方は私の妃なんですから。大人しく後宮に留まって、私の相手をしてください。出ていくことは許しませんからね」


 厳しく命じられてしまい、紅琳は鳥肌が立った。

 冗談ではない。


(私は実験材料にでもされるのか?)


 紅琳は、これから自由に生きていくつもりだったのだ。


(それが……。どうして?)


 厄介事に巻き込まれているという実感しかなかった。

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