9話 華月の正体
「……何、している?」
「見ての通り、接吻ですけど。唇の方が良かったですか?」
「いやいや。あんた、高熱のせいで、頭が……」
「いいえ。私はまともですよ。むしろ、熱も下がって、すっきりしています。したかったんです。貴方に、こういうこと」
「はっ?」
一体、どうしたんだろう。
瞳を輝かせて、変態発言をされてしまった。
「紅琳様。……貴方は素晴らしい」
「医者を呼ぼうか? 華月」
しかし、紅琳を無視して、華月は紅琳の手をべたべたと触り始めた。
「凄いな。ちゃんと「男」として貴方に触れることができるなんて。秀真から、貴方が口移しで符を飲ませてくれたのだと聞いた時は、半信半疑でしたが……」
「緊急事態だったんだ。口移ししたことは、申し訳ないけど、あれは医療行為で、他意はない。だから、忘れてくれて構わないし……ていうか。いい加減、離してくれ」
別に華月に触られるのが嫌な訳ではなかったが、手つきが怪しいのが怖かった。
華月は、まるでめげてなかった。
紅琳に触れていた手を、うっとりした目で嬉しそうに眺めていた。
「実は……。私が女になる条件は、女人に触れることなんです。女人の身体に触れると、私はなぜか女になってしまい、満月を待たないと男に戻ることが出来ない」
「何だ……と?」
初めて聞いた。
(とんでもない呪いだ)
そもそも、そんな術、この世に存在しているのか?
「私だって、極力、男でいたいので、満月後は女人に接触しないよう心掛けています。ですが、不意にぶつかったり……。不可抗力って、多々ありますからね」
「……なるほど。……で、その呪いが私に触れても発動しなかった。偶々じゃないのか?」
「偶々……ね? しかし、私はこんな偶然に今まで遭遇したことがないんですよ」
「そんなことは……」
「秀真」
華月は紅琳の反応を事前に想定していたのだろう。
あらかじめ衝立の後ろに待機させていたらしい彼女を、淡々と呼んだ。
そして……。
「……さあ、こちらへ」
「は、はい。華月様」
華月の手招きに導かれて、秀信はおずおず彼の前にやって来る。
何をされるのか分かっているのだろう。
化粧気のない仮面のような顔に、少し赤みがさしていた。
「よく見ていてくださいね。紅琳さま」
言いながら、華月が軽く秀真の肩を叩く。
……と。
たったそれだけで、ぽんと何かが弾け飛んだ音が轟き、華月はあっという間に、いつもの娘「華月」へと変化してしまったのだ。
「…………うわあ」
「ね? しっかり見たでしょう? 紅琳さま」
柔らかい華月の声。
しかし、いつものように愛らしいとは思えなかった。
(男だと思うと、むしろ、その声色に、あざとさを感じるよ)
気味の悪い沈黙を振り払うように、紅琳は語りかけた。
「……華月……だな。すごいな。本当に、女に……なっているな」
「ふふっ。驚いたでしょう? 私も出来ることなら、信じたくありませんけどね。まあ、幸い満月は明後日ですから、直ぐに男に戻れますけど」
「そっか……。ならいいけど」
(……ん?)
いいのか?
後宮で、男に戻ってしまって……。
そこのところ、彼の事情が分からない。
(…………あり得ないよなあ)
呆然としていたら、華月が自分の着物を直していた。
女身化して、身体が縮んだようだった。
一体、紅琳は何てモノを見せられてしまったのか?
「しかし、華月もその身体で後宮で過ごすのは、大変だな? もし、男の身体でいるところが陛下にバレてしまったら、命がないはずだ」
「……あー……。そこのところは、大丈夫なんですけどね」
「ん? 何だ。皇帝陛下は男も好きなのか?」
「…………いや、紅琳さま、それって、ワザと言っていますよね?」
華月は溜息を一つ落として、さらりと言ってのけたのだった。
「むしろ、私にとって、皇宮内でもっとも安全な場所が「後宮」なんですよ。意味、分かりませんか?」
「意味?」
紅琳は、目を白黒させるだけだった。
いや、本当は華月が男として後宮にいる時点で、気づいていたのかもしれない。
(華月こそが……)
しかし、認めてしまったらおしまいだ。
多分、この流れからして、ろくでもないことに巻き込まれる。
だから、苦しいながらも、懸命に素知らぬふりで黙り込んでいたのだ。
それなのに……。
華月は逃がさないとばかりに、自ら告白したのだった。
…………最大の国家機密を。
「お気づきかと思いますけど。私の本当の名は、蒼 慶果」
「……慶……果」
「ええ。貴方には、とっても聞き覚えのある名前でしょう?」
それはもう毎日、紅琳が怒り狂って叫んでいた御名だ。
「私が、貴方がお探しの「意味不明な甥っ子」なんですよ」
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