第7話 闇に爆ぜる
◇◇◇
デビュー当時から景ちゃんには持病があって、ずっと治療していたのだと、彼の担当編集さんから、私は聞いた。
『いつも、これじゃ駄目だって、飢えたように描いていました』
涙ながらに語っていたのは、彼が描く世界の続きが読めないのを悔しがっているからだ。
編集さん曰く、景ちゃんの机には私宛ての祝儀袋が置いてあって、真っ先に連絡しないといけない相手だと思ってくれたらしい。
なんという皮肉。
(祝儀どころじゃないよ。貴方の葬式が先になっちゃったよ)
――景ちゃんの遺品。
私が唯一出版した漫画の単行本と、例のスケッチブック。
あの時、見るのを止められたそれには、私を描いた絵が溢れていた。
見せたくない。当然のことだ。
(これから結婚するって言う私に、見られたら不味いよね)
私の方が、配慮の欠片もなかった。
(無理だよ。景ちゃん)
考えたら、おかしくなる。
私は葬儀の間、涙を堪えて、気丈に振る舞った。
涙腺が壊れたのは、実家に戻ってきた後、自室に足を踏み入れた直後だった。
どぉんと、まるで私の帰宅を待っていたかのように響く、花火の音。
奇しくも、花火大会の日だった。
今年も山際に隠れて、花火はほとんど見えず、明るいのは月だけだった。
そして、私は気づいてしまった。
(ああ。だから、月乃音?)
――取り残されてしまったんだよ。僕だけ。
ずっと変わらなかった景ちゃん。
今も私の部屋のテーブルで、見えない花火を必死に描いている、子供時代の彼が視える。
(妥協が出来ない人だから)
とりあえず……なんて、折り合いがつけられない人だから。
その場の状況に流されていく、私が許せなかったのだろう。
――あの時。
私に景ちゃんの気持ちが、少しでも理解できていたら?
いや、理解できなくても、離れないでいたら?
たとえ、結果は変わらなくても、最期まで二人でいられただろうか?
分からない。
ただ一つ言えることは、私は死ぬまであの夜のことを後悔し続けるということだ。
こんな気持ちのまま、結婚なんて出来るはずがない。
「呪われちゃった。景ちゃんに」
絨毯に涙の染みを作りながら、テーブルの上に放り出したままの子供時代のスケッチブックに手を伸ばす。
景ちゃんと違って、私のは空白ばかりだ。
(ハッピーエンドがいいな)
変わり者で捻くれていて、とっつきにくいけど、でも本当はとても優しくて、純粋な男の子が幸せになる話。
(呪い返しだよ。景ちゃん)
目立つのが嫌いな景ちゃんは嫌がるだろうけど、死んでしまった方が悪いのだ。知ったことではない。
「私……貴方の世界が視えるよ」
一面の焼け野原。
こんな世界に、彼はずっと生きていた。
私は憑かれたように、ネームを書いた。
これは「景ちゃん」を知っている、私にしか出来ないこと。
――私たちは、いつも一緒。
描いて。
描いて。
花火の轟音と共に。
――狂ったように。
――爆ぜるように。
【 了 】
闇に爆ぜる 丹羽 史京賀(ペンネーム変えました。元・ @masirosumire
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