何でも屋Halloween

砂糖 そると

一件目:記憶を喰らう本

 深い深い森の奥。悩める子羊の前にだけ現れるまだ新しい洋館。ドアについている木製のプレートには”何でも屋”と記載されている。その戸が開いて”カランコロン”とドアベルが依頼者の訪れを知らせる。

「いらっしゃいませ。」その声に依頼者は驚いたのか肩を震わせ私を見つめ、「こども…?」と呟く。

 それから依頼者があまりに静かで喋る気配がないのでこちらから話しかけることにした。

「はじめまして。ワタクシ、この何でも屋を営んでおります。沙月と申します。此度はどのようなご依頼で?」依頼者は少し息を吸ってから、「あの、大人の方は…」と依頼者は遠慮がちに言い放つ。


 私がここの家主の娘だと思っているらしい。確かに童顔なのは認めるがあなたより年は上だ。と思いはぁとため息をつき、こうなったら話は聞かないだろうと「…少しお待ちを」と腰をかけていた椅子から立ち上がって比較的大人の顔立ちをしてる人間のもとへ向かう。この時間なら館内の研究室で研究しているはずだ。


 研究に使っている部屋の前につき3回ノックする。いつも通り返事は帰ってこない。またよくわからない研究に没頭しているのだろうと気にせず扉を開け名前を呼ぶ。


魔帆まほ」その声で彼女はようやく反応する。


「ッびっくりした。沙月どうしたの。」と一瞬驚いていたが、流石というべきか彼女は手に持っていた試験官を一切落とさず、中の液体も一滴たりともこぼさなかった。

「依頼人。私の話聞かなそうだから。よろしく。」と一言伝えればあー、いつもの。と半ば呆れたように研究の手を止め、白衣やゴーグル、分厚い手袋を取り私と共に先ほどの応接間へと向かう。


 応接間に向かう最中、魔帆まほは自分の顔を引っ張ったり揉みほぐしたりしていた。研究に明け暮れる日々を送る魔帆まほは表情筋が死んでいるためこういったことをするのだそう。「…それ、必要?」と一度、魔帆まほに聞いてみたことがあるが「表情筋も感情も死んでいるような沙月さつきには多分わかんないよ。」と苦笑された。


 その時は流石に上司に対して失礼だろと思ってしまったが、今になって思えば確かに理解できない気がする。魔帆まほは研究にしか興味がないと思っていたがそんなことはなかったのかもしれないと気づいてからは少しづつ頼れるようになった。


 先ほどの応接間につき自分の座っていた椅子へ深く腰を下ろす。その姿を見た魔帆まほは苦笑しながら話し出した。


「初めまして。こちらの沙月さつきに変わり私がご対応させていただきますね。」


 相変わらず外面だけの笑顔を貼り付けている。「沙月さつき、お茶をお願い。」と私にお願いをする。


 上司を使いやがってと思いながらも席を外し、調理場へと向かう。


 ティーポットに茶葉と熱めのお湯をいれる。魔帆まほは砂糖もミルクも入れないけれど、依頼人はどうだろうか。砂糖ぐらいなら入れそうな雰囲気があった。悩むのは馬鹿らしいので早々にティートローリーにティーカップを二つとティーポット、ミルクにシュガーポットを乗せる。”なんでお菓子も持ってこないの?”という魔帆まほの少し怒ったような呆れたような表情が思い浮かんでしまったので、昨日買い物で少し買っていたバタークッキーをお皿に乗せてこれでいいかと、ティートローリーを押しながら魔帆まほと依頼人のいる応接間へと足を進める。


 少し長めの廊下を歩けば応接間が見えてきた。応接間からは先ほどの緊張感のあった空気ではなく楽しそうに話す魔帆まほの声が少し聞こえてきた。


 おおよそ私が紅茶を淹れる間に依頼人の情報と依頼内容を聞き終えてしまったのだろう。応接間に入れば私に気づいた魔帆まほがこちらに視線を向け笑顔を向けたのでクッキーを持ってきたのは正解だったようだ。机を挟みソファに向かい合うようにして座り談笑する二人に、先ほどまでティーポットで蒸らした紅茶をティーカップへと静かに注ぐ。二人の前に紅茶を出し、ミルクやシュガーポットを置いてバタークッキーを最後に置く。「ごゆっくり。」と言えば依頼人も悪い気はしなかったらしい。お礼の言葉を口にして笑顔で魔帆まほと話している。


 まるで私には目もくれない。まぁ急に話を振られても困るだけなのだが。ため息をつきながら自分の定位置である椅子へと腰をかける。


 依頼には全く関係ないであろう話を二人は楽しんで、日が沈み始めてようやく依頼人は帰っていった。この場所は元々、森の奥深くに立っているので日が入りづらい。日がてっぺんにあるぐらいに依頼人が到着し、日が沈むまでおおよそ2時間でだろう。ぼんやりとそんなことを考え、どれだけ長い時間談笑してるんだよ。と思わず心の中でツッコんだ。


 依頼人を森の外まで案内した魔帆まほは「ただいま」と言いながら無表情のまま帰ってきた。「おかえり。依頼人は人間だよね?」と気になっていたことを魔帆まほに問いかける。「うん。見た目も人間だし、話した感じも人間。魔力もないね。」魔帆まほは魔法使いだからそういったたぐいには詳しいが、ここまで断言するとなると魔法で調べたな。ここにきた当初から魔法は最低限使いたくない。なんて言っていたくせに。


 そんな視線に気付いたのだろう。「仕方ないでしょ。使えないわけじゃないし、確証が欲しかったの。」魔帆まほは先ほど自分が座っていたソファへと体を沈め、ぐったりと疲れをあらわにしてる。こいつ、何日か徹夜しているな。と思った。そんな視線にも気づかず、魔帆まほは続けた。


「依頼人、名前不明。年齢不明。推定24歳。依頼内容、失った記憶を取り戻したい。」


 端的に説明していく魔帆まほの説明で先ほどの雑談は年齢がどれくらいか割り出すためでもあったのだろう。だが、私は覚えている。私がお茶を淹れるため席を外したのを確認した時に「あんな幼そうに見えて実はここのトップなんですよ。」と少し笑いながら喋っていたのを。許さない。


「記憶喪失ね…それであの魔力…」正直言って人間がここにやってくることは珍しくないが魔力を持ったものがここまで辿り着くのはなかなか珍しい。彼女がここにきた時少し興味が湧いたのだ。私が対応できなくて少し残念に思っている。


「記憶があるのはなんかの本を読んでいたってところからなんだと。」魔帆まほは続ける。「けれど、読んでいたはずの本は何も書いていない白紙だったって。」魔帆まほも心当たりがあるようだ。何回か耳にしたことがある。”記憶を喰らう本”曰くその本には人の記憶を魔力に変える力があるのだとか。曰くその本を読んだ人は一瞬意識が飛んでいるのだと。その本は何度か魔法使いによって処分されているが、多くの人が一つの本に触れさまざまな感情を見せることで生まれる魔物だ。


 何度処分してもキリがない。魔帆まほから明日その問題の本を持ってくるよう言ったらしい。今日ここに来れたとして明日ここに来れる保証などないのだ。きっと魔帆まほが迎えにいくのだr「明日依頼人のお迎え行ってきてね」は?


 私多分明日1日寝てるからー。とこっちを見ずに手を振って私に告げる。こいつ顔見えないけど絶対笑ってるだろ。チッと舌打ちをして明日に備えるため自室へ向かった。眠れはしないが疲れは溜まるので自室のベットへ体を沈める。そして明日の段取りを目を瞑って考える。


 記憶を喰らう本を討伐した。という記述や処分したという文献はよく見かけるが、実際にどのような方法で処分に至ったのか、戦い方などは一切書き記されてはいないのだ。その本を開いて一瞬で記憶を抜かれるのあれば時空を操る力があるのだろうか。

 魔力を持たぬ人間だけが記憶を抜かれている。魔法使いが処分したところを見た人間の話では”ただ燃やしていた”と言っていた。そして燃やした実例の後、記憶をなくした人たちは一生かかっても記憶は戻ってこなかったらしい。再発を防止する方法はないのだろうか。

 考えてから何時間経ったのだろう。気がつけば魔帆まほが作った朝を告げるアラームとやらが静かな部屋に鳴り響いた。結局何も思いつかないままよそ行きの服へと着替える。


 服を着替えてから館二階の魔帆まほの隣の部屋の戸を叩く。


「おはよう。仕事行くよ。」


 と声をかける。中から「はぁーい」と寝起きの声が上がる。

 さすが寝起きがいいラルだ。


「朝食用意してくるから。準備終わったら広間に来てね。」


 と声をかけてからその場を去る。調理場へ向かい朝食の準備をする。一週間分用意してあるパンを軽く温めて、サラダと共にお皿に盛り付ける。自分用のコーヒーとラル用のサイダーを準備してヨーグルトを用意したら完成だ。ティートローリーに全部乗せて、広間へと向かう。広間に着いた時には出かける準備の終わったラルが席についていた。


 二つに結んだ三つ編みが輪っかになった髪型はいつもより少し長めになっていた。

「髪、伸びたね。切る?」

 そう問えば「切る!」となんとも無邪気な声で返答が返ってきた。依頼が早めに終わったら散髪屋に行ってあげよう。そう思いながら広間のテーブルに先ほど持ってきた朝食を置いていく。


「そういえば今日のお仕事ってなぁに?」

 とラルが聞いた。そういえばまだ依頼の内容を言っていなかった。

 ラルには普段一人で依頼をこなしてもらっているから今回は二人で向かうこと。そして今回ラルを連れていくのはもしもに備えてなのでそこまで気を張らなくても良いということを伝えた。


 伝えている間にラルは「いただきまーす!」と朝食を頬張りながらもしっかりと視線をこちらに向け、朝食を美味しそうに食べてくれた。


 やがて日が上り始め、森に囲まれたこの館にも少し日がさしてきたので、食べ終えた朝食のお皿を調理場まで持っていき水につけておく。魔帆まほがいつも片付けて自分の分と共に片付けてくれるからだ。それに急がなければ依頼人を待たせることにもなってしまう。それでは何でも屋としての信頼にも繋がってしまう。


 日傘を差しラルと手を繋ぎ外へと出かける。昨晩、魔帆まほから聞いた集合場所は、あの依頼人の住んでいる街のとあるカフェだそう。大体日がてっぺんになる頃に来るよう言ったらしいので今から行けば少し早めに着くぐらいであろう。

 ラルはご機嫌に鼻歌を歌い私の隣を歩いている。


 街について依頼人と落ち合うカフェを探す。なにしろそれなりに大きい街だったのでカフェも数軒あるのだ。木でできているのが特徴的で珍しく、外に飲食スペースがあるらしい。その特徴の元に探してようやく一軒だけ見つけた。店主に声をかけ、人と落ち合うこと、そのために外に飲食スペースがあるカフェはここだけですか?なんて普通ならしないような質問をした。できることなら地図や店名を教えてくれた方が向かいやすかったなんて思ってしまった。店主も苦笑いをしながらも「ここのことですね」なんて言ってくれたので、外の飲食スペースで待たせてもらうことにした。


「ラル。なんか飲みたいのある?」

 と席に案内された際にもらったメニュー表をラルに見せる。

「んー…」と少し悩んだ後に、「オレンジジュース!」返答が返ってきたので依頼人を待つ間に、オレンジジュースとコーヒーを頼んだ。

 ここのテラス席は屋根があり、日が差しにくくなっていて素敵だと感じた。


 しばらくして無言の私たちの前に「お待たせいたしましたー!」と店員の明るい声とともに注文したオレンジジュースとコーヒー。そして伝票が置かれた。

 どのくらい待っただろう。ラルがジュースを飲み干して入っていた氷がカランと音を立てて溶けていく。

 何も話していない私たちを不思議そうに眺める人たちを横目に自分のコーヒーに口をつけ、ラルにおかわりを聞こうとした時。


「お待たせいたしました。」


 その声の方に私とラルは振り向いて、依頼人と落ち合うことができた。

「いえ、ちょうど良いところでした。」

 と口元を緩めて返答する。

「お座りください。依頼内容の確認もしたいですし…何か頼まれますか?」

 依頼人にメニュー表を差し出して言った。


「あ、じゃあ紅茶を…」


 依頼人はよそよそしくそう言った。ラルは?と聞けばおんなじの!と返答が返ってきたので店員を呼び、再び飲み物を注文した。

 その間にラルの紹介を済ませておこう。


「改めまして、ワタクシ何でも屋Halloween《ハロウィン》を営んでおります。沙月さつきと申します。

 そしてこちらは、この度ワタクシの助手としてついてきていただきました。ラルです。ラルは見た目通り幼いですが、仕事は誰よりもできる子なのでご安心ください。」


 口元を緩め自分なりの笑みを浮かべる。魔帆まほ曰く、「目が死んでる」とのことだが、しないよりマシなはずだ。

 ラルは「はーい!ラルです!」なんて楽しそうに名乗ってくれた。

 依頼人はラルの雰囲気にうまく馴染むことができたのか、先ほどまでの緊張が嘘のように落ち着いていた。


 和やかな雰囲気の中店員が先ほど注文した飲み物を運んできて、私たちは依頼内容の確認を始めた。

「依頼内容は無くなった記憶を取り戻したい。でしたね?一晩経ちましたが何か思い出せたことはございませんか?」

「…なにも思い出せませんでした。名前は、塚本紬つかもとつむぎで、これは自分の部屋にあったものに書いてたし、いっしょに住んでるおばあちゃんもそう呼んでいたので、間違い無いと思います。」

「ではつむぎさん。例の本をお願いします。」


 つむぎさんはコクリと頷き鞄から本を取り出した。

 表紙は薄汚れていて、表紙や裏表紙にも何も書かれてはいなかった。

 けれど、この本からは確実に魔力が感じられた。これで確信した。これは記憶を喰らう本だ。

 人間のラルでもこの本の異質さに気がついたらしく、警戒した様子で本をじっと見つめていた。


「ラル。開くから近く来てちゃんと見ててね。」

 そう言えばラルは私に近づいて本をじっと見つめたので私も本を見つめながら本をゆっくりと開いた。


 私とラルは本からの光に包まれて本の中へと吸い込まれていった。

 やはり予想していた通り空間を操る魔法だ。

「ラル、いる?」「いるよ。」と軽く確認してホッとする。

 ラルは仕事モードに入っているのだろう。かなり警戒したように愛用している短刀を構えている。


 気配がした方を向けば「あれ?今日は二人?」と見知った顔がいた。


 つむぎさんだ。


「あれ、なんで驚くの?あ!もしかしてこの子知り合いだった?」

 むーっと唇を尖らせながら紬さん?はそう言った。

 ドロドロと顔や体が溶けて一人の少年が姿を表した。

「やぁ。僕は天喰アマジキ君たちは僕を焼きにきた人?」

 彼がそう言った後、何人もの少年や少女大人の女性、大人の男性、おじいさんおばあさんなど多種多様な生物の顔に成り代わりながら「ねぇ。痛いよ。また焼くの?やめてよ」と命乞いを始めた。


「やっていい?」とラルが問いかけ「まだ」と答える。

 そう。”まだ”なのだ。まだ記憶を取り戻す方法を見つけられていない。


「一つ、聞いても良い?」

 私は天喰アマジキに問いかけた。彼は「いいよ。」と真っ直ぐな眼で言った。

「記憶はどうやったら戻るの?」

「…さぁ?」天喰アマジキはニヤリと口元を思いっきり緩めてあはははと笑い始めた。


「君の記憶はどんな味がするのかなぁ」と彼は愉悦の表情で私に問いかけた。

 ラルの方を向いた彼は「君は…敵対したくないなぁ…人間?だよねぇ。」と警戒していた。ラルは彼に対して殺意を持った眼で見つめていたが、私は丸腰に見えたのだろう。天喰アマジキは私ならば簡単に倒すことができると判断したのだろう。

 ラルの方に手を伸ばして手を握ればラルは光に包まれてこの場から消えてしまった。


「さぁ!これで二人っきりだ!人間、君の勇気を讃えて記憶の戻し方を教えてあげよう!」

 ラルが消えてしまったことで驚いている私に彼は楽しげに話し出した。

「記憶をなくしてしまった人の記憶を戻す方法はぁ…」

 ゴクリ、と息を呑む。

「この僕の領域内でぼくを殺すこと。」

 天喰アマジキはそう言った後に私目掛けて襲いかかってきた。避けようと思ったが、避けた方向が悪かったのか壁にぶつかったような衝撃が襲いかかってきた。

 どうやらこの空間は無限に広がっているわけではなく、範囲があるらしい。


 ぶつかった衝撃で咄嗟に下にしゃがみ込んだため攻撃を免れたが天喰アマジキは壁にぶつかっていないため、彼だけはこの空間の中でどこまでも自由に動くことができるらしい。

「質問、どうして本を外側から燃やしたら記憶は戻らないの?」

 天喰アマジキは先ほどからなりふり構わず私の頭部目指して襲い続ける。

「記憶はここにストックしてるからね!燃やされている時に記憶を文字に起こして魔女にみんなの記憶を燃やしてもらってたんだ!燃えたらもう戻らない!灰になって消えるだけ!」キャハハハハ!と笑いながら魔法を使っての攻撃を始めた。


 魔法を使われたらこちらも魔法を使わなければ負けてしまう。

 胸のブローチを触り、自分の魔力を取り出した。

「はぁ?!その魔力量、それ魔法石じゃないよねぇ!!人間じゃないな、騙したなぁぁ!!!」彼は先程の態度が嘘のように豹変した。


 魔法で槍を創成し火の玉を薙ぎ払いながら彼に近づいていく。彼は先程ラルにしたように私に手を向けようとしていたので炎で天喰アマジキを覆い私をこの世界から出せないようにした。

 彼に近づいた時に構えていた槍がコツンと当たったのでどうやら私が行ける限界が来たらしい。天喰アマジキは「熱い!熱い!」と苦しんでいたので一旦やめてあげた。はぁはぁと息をきらしながらこちらを睨んでいた。

「記憶を食べていなかったらどうやって生きていたの?生物は生きるために食べなきゃ死ぬでしょ。」私は天喰アマジキに問いかけた。彼は

「記憶はあくまで手段だ。記憶を奪って対象の人物とボクの魔力を繋げる。そこから対象の接種した物を半分自分も得るんだ。」さぁさっさと出てってくれ!炎は嫌いなんだ!と再び私に手を向ける。それを払うように天喰アマジキに炎をぶつける。

「熱っ!!」と私に向けた手を退けた。


 彼を私が動ける範囲まで誘導するため彼にあたるギリギリに炎を出して回り込むように私の近くへと魔法で炎を出していく。そして私の動ける範囲の真ん中ぐらいまで来た時彼は仕向けられたことに気づいたのか上へ逃げようとしたので私は隠していた翼を広げて槍で天喰アマジキ心臓コアを一思いに突き刺した。


 天喰アマジキは突き刺した心臓コアからハラハラと灰になって消え始めた。

天喰アマジキ。私は人間だなんて一言も言ってないよ。」

 私は自分の髪を耳にかけ、吸血鬼の特徴である耳を見せた。そして胸元のブローチに手を当てて先程だした魔力をしまった。

「…魔力はここにストックしてるの。」天喰アマジキは力なくハハっと笑って、涙を流しながら

「物語は何度でも紡がれる。ボクは何度でも生まれ変わる。…また…会おう。」

と良くわからない事を口にした。


 最後、天喰アマジキは笑みを浮かべて消えていってしまった。


 本が淡い光に包まれて私は本の世界から出ることができた。

 本の外の世界は先程私たちが出た時間と変わっておらず、紬さん曰く「一瞬光ってすぐ終わりました。」と言っていた。


 そんなつむぎさんの瞳には涙が浮かんでいた。

つむぎさん…?」

 私がつむぎさんに声をかければラルも涙を流すつむぎさんに気づき、ギョッと驚いた顔をしていた。紬さんも私が声をかけたことで自分が涙を流していたことに気がついたらしく

「あ、ごめんなさい。なんでだろ、」ハハっ、と困ったように笑った。

塚本紬つかもとつむぎ25歳!記憶はしっかりと戻ってきました!」

 ビシッ!と手をひたいに当てて笑顔でかしこまっていた。


 今回はありがとうございましたとつむぎさんは依頼料の入った封筒を差し出して、「この度はありがとうございました。また何かあった際には頼りにさせていただきますね!」とそう言って私たちは別れた。天喰アマジキの宿っていた本はつむぎさんのお祖母さんが大切にしていたものだからと紬さんが持ち帰ることになった。


 私たちも手を繋いで帰路をたどる。

「あーあ。ラル、今回なーんにもできなかった!」と不満を口にしていたが、私はラルと彼は相性が悪いだろうと感じていたので最後まで戦うことがなくてよかったなと思っていたのだが、ラルは不満に感じたらしい。

 町外れの森の中に入った時にはちょうど夕暮れ時になっていて空が赤く染まっていた。「早く帰ろう?もうすぐ暗くなってしまう。」

「じゃあはしって帰ろー!!」とラルは笑顔になって私の手をぎゅっと握って走り出した。

「ちょっと?!」


 完全に日が落ちる前にラルが勢いよく館の扉を開き、たっだいまー!と元気に言った。かくいう私はぜぇはぁと息を切らして声がでなかった。

 魔帆まほが広間でご飯を並べて待っていたらしい。テーブルにはとても美味しそうな料理の数々が並んでいた。

「おかえり。って、顔青白くなってるけど沙月大丈夫?」

 私はぜぇぜぇと息を切らしながら首を横に振った。

「ラル、沙月さつきは貧弱なんだから走ったらダメでしょ!」と魔帆まほがラルに叱り、ラルはちょっとむすくれている。そんな姿を横目に見て、息を切らしながらもその姿に腹がたつ。


 魔帆まほが私の背中をさすり呼吸が段々と落ち着き始めてから私たちは夕食を一緒に食べ始めた。

 夕食は少し冷めてしまっていたけれど、魔帆まほの作った料理は少し冷めてしまった今でもしっかり美味しい。

沙月さつき、今日の依頼はどうだったの?」

「ちゃんとこなしたよ。依頼者の記憶も戻ったし。」

 私があまり話そうとしていないことを悟ったのか、ラルに話を聞き始め、ラルは嬉々として答えていた。


「依頼者さんはね、つむぎさんって言ってね、あの本はつむぎさんのお婆さんの本なんだって!」

 どうしてまっさらな本をずっと大切に持っていたんだろうなぁ、と不思議そうな顔をしながらも話を続けた。天喰アマジキの事。自分は出されちゃった、と思い出してからプリプリ怒り始めてしまったが、私は補足のために話し出した。

「あいつを本の中で殺さないと記憶は戻らないんだって。彼本人が言ってた。」

「えーそれだけー?」なんてラルは不満そうにしている。


「ご馳走様。今日も美味しかったよ。ありがとう。」

 そう言って自分の分の食器をそそくさと片付ける。食器を水に浸した後に自分の寝室に入る。そして今日の報告書をまとめる。報告書を書いている最中、先程ラルが言っていた”どうしてまっさらな本を大切に持ち続けていたのか”という疑問。その話を聞いた際に確かに私の中で引っかかってしまったため、そのことも報告書に書いた。

 寝室から魔帆まほの部屋へと向かい、部屋に入る。「これ、今日の報告書。確認して判子お願い。」報告書を魔帆まほに差し出す。


 魔帆まほは黙ったまま報告書に目を通して、判子を取り出し押印した。

「…魔法使えたんだ。」隠していたつもりはなかったのだが、魔帆まほには隠し事をされていたと思ってしまったのか、少し寂しそうな表情を浮かべた。

「使えるよ。どうして?」

沙月さつき、人間じゃ無いけど魔力ないでしょ?」少し目を伏せながら答えた。

「…私は魔力が安定していないからね。このブローチに魔力を溜めているの。魔力を感じないのは、そのせいだと思う。」ブローチに手を置いて少し魔力を取り出す。これで納得してもらえたかとチラッと魔帆まほの方を見れば納得はいってなさそうだったが、「…そう。」と一言。パッと顔を上げて「はい。これOKだから。ありがと。」

「うん。ありがと。」と私は少しぎこちなく返事をして魔帆まほの部屋を後にした。その後に広間であり、自分の書斎に立ち寄り先ほどの書類をファイリングする。


 昨日一睡もできていないことがあり、流石に疲れが溜まっているためお風呂場へと向かう。脱衣所で服を脱いでから3人では住むには広すぎるお風呂場をペタペタと歩いてシャワーを浴びる。

 少しだけ息苦しさを覚えながら髪を洗い、体を洗う。

 最後にお湯を全身にかけて湯船に浸かる。

 先ほどの魔帆まほは今までに見たことのない、悲しそうな顔をしていたのが少し、いや、結構気になっていた。

 体があったまり湯船からあがる。脱衣所で寝巻きに着替えていると魔帆まほと目が合った。


「あ、」と声が出た。


が、何を言ったらいいのかわからなかった。私が口籠っていると魔帆まほが口を開いた。

「明日出かけるから。ご飯とか、自分たちでお願い。」

「あ、うん。」

魔帆まほは先ほどの暗い雰囲気は一切感じさせずそう言った。私が気にしすぎただけなのだろうか。

「じゃ、お風呂行ってくるから。おやすみー。」

魔帆まほは軽く手を振りながらお風呂場へと向かった。

「おやすみ、」私は呟きに近い声量で魔帆まほを見送った。


自室に戻りベットに体を沈める。

相当疲れていたのだろう。毛布を被ればだんだんと瞼が重くなっていき、私は眠りについた。

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何でも屋Halloween 砂糖 そると @Ramune0007

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