弓弦の家
弓弦が音名を自分の家に案内することになった。弓弦は名前の通り、弓を家でこしらえ、お店として弓を売っていた。弓は、闘い用の武具だけでなく、楽器として奏でるもの(ヴァイオリンやピアノなど)も売っている。今は一人暮らしをして、家を継いでいるという。弓弦の家は、川沿いにぽつりと建てられていた。弓弦は音名に、湖の底に沈む小さな村の話をすることにした。
「実は…。あそこにある湖、今干からびているんだよね。」
弓弦がそう言うと、音名はひどく驚いた。
「あの湖が……」
音名にとって、湖は、とても大事なものだった。それが失われることの喪失感を、今目の当たりにした。弓弦は、明日にでも湖に出かけなければならないことを音名に伝えると、もう今晩は眠ると言い、布団をせっせと用意して寝てしまった。音名は、湖のことが気になって仕方がないと、夜遅い時間に一人で家を出、出かけた。
夜の森。しんと静まり返ったこの森に、灯りを一つ灯す。枝がパキパキと折れる音を聴きながら、柔らかな土を足裏に感じながら、進んでいく。
「コンコン…」
ふと音が聞こえた。音名は、すぐさま振り向いた。ノックの音が聞こえたにも関わらず、そこには何も無かった。
「コンコン…」
また音が聞こえた。くっきりした金属の叩く音。どうやら、向こうの湖のある所から聞こえてくることが分かった。風が吹く。木々が揺れる。葉がザワザワとざわめく。この木々のざわめきが何かを予感させた……。溢れるばかりの声……が聞こえるような気がして。吸い込まれるように、風に導かれるまま、歩を進める。
湖は、そこにあった。音名は不思議に思った。湖は干からびて無くなってしまったと、弓弦は言っていたではないか。音名は、落胆したのではなく、暫しホッとしていた。
流れる雲の隙間から、月明かりが差す。湖にも光が届く……と思ったその瞬間……。湖が干上がっていくのを音名は見た。月の光が差す、流れる雲の合間の時間。湖は光とともに、一瞬にして干上がってしまったのだった。それにしても、あの金属のノックの音は何だったのだろうと不思議に思い、音名はまた歩を進めた。自殺する為に……。吸い込まれるように、音名はまた歩を進める。そこには、小さな村……のような街の跡が化石のようにあった。
風が問う。
「あなたは誰?」
と問われた音名は、名前を答えようとした。しかし、音名の口から零れたのは、「音名」という言葉ではなかった。
「こがらし。」
自分の意図と反して、そう言った。「風の旅人」は、大理石を掘るように、指先の爪で、湖のあった土に「凩」と書いた。音名は思った。私の名前は、「凩」なのかと。
風が吹く街
小さな村
風の旅人
私は唄う
葉は擦れ
凩の音は
高鳴り
冬はやがて
訪れて
満月の高揚
満ちた光が
鳴る音の名を
聞きに尋ねる
『音名と凩の詩』
いつか音名になる 葉のuragawa @calm_quiet
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