現実に疲れた僕は転生先でひっそりとファームしていましたが、ものの見事に勇者になってしまいました。
@NoLA1344
1話 おはよう
暖かく優しい風が顔にあたる。
強弱をつけて顔にあたる。
一定のリズムを刻むその風は
僕に何かを伝えようとしているようだ。
ここ最近の猛暑で窓を開けていたせいか、
部屋には山上から吹く
心地のいい風が入ってきている。
その風が顔に当たっているのだろう。
猛暑の割には暑すぎず、
かといって冷たすぎない風。
眠りから半分意識のある状態になって
どれほどその風が顔をそよいだだろうか。
瞼越しに映る目前の明るさからして
もう起きてなくてはいけないと感じつつも
また深い眠りに戻りたいと思うほど、
その風は心地よい。
まだ眠い。寝かせてくれ。
目覚めつつある意識の中、
心の奥底にある本能が
理性にそう訴えかけてくる。
今は理性を優先したくない。
そんな気分じゃない。
いつも自分の目標のためなら
本能的な欲望を押さえつけ、
押し殺してきた僕だったが
ここ数日でそんな目標もどうでも良くなってしまった。
その証拠に、ここ数日は理性を無視した、本能的な行動で惰眠を貪っている。
しかし惰眠を貪っている間、
理性を優先した人生を歩んできた僕にとっては、
本能的な行動をとるのに違和感を感じていた。
自分らしくないな…。
心のうちでそう呟き、
僕は最初に寝ていた仰向けの体勢から
身を捩り、左半身を下にし、
半身状態でまた寝ようとした。
体勢を変えたらもちろん頭の位置も変わる。
さらに半身状態になれば
肩幅の分、頭がベッドから離れてしまう。
半身で寝るのは昔からの癖で、
寝心地は最高なのだが、
それもこの枕のない状態であれば話は別だ。
ん?
枕がない?
ここで枕が自分の頭の下にないことに
ようやく気づく。
枕がないことに気づくまでに、
起きてからだいぶ時間が経っている。
自分の身の回りの変化に敏感な僕だが、
枕が自分の頭下にないことに気づくのに
遅かったために
自分の感覚が鈍くなっているのを自覚する。
ああ、まだ寝ぼけているんだ。
いつも通りであれば
こんな寝ぼけている時間が
長いことはない。
ここ数日、寝起きは必ず寝ぼけており、
寝起きも異常なまでに悪くなっている。
これも本能的な行動をとるという
違和感のせいだろうか。
寝起きがこんなに悪いのも
生まれて初めてだ。
寝起きもそうだが、
寝相も元々悪い訳ではない。
ましてや自分の頭下に枕がないなんて、
生まれてこの方、一度もない。
日常とは違う感覚に違和感を覚えながらも
僕はなんとか枕を探そうと
手探りで周辺を探索した。
探索していくうちに、
とある異変に気づく。
枕はおろか、
自分がベッドだと思い込んでいた寝床も
どうやらベッドではないらしい。
寝床を触った僕の手が感じたのは
ベッドとは違う感触。
なんとも表現し難い手触りだが
絶対に一度は触ったことのある自然な感触だ。
「自然な感触」
これだけ聞くと
さも
「当たり前のような感触」的ニュアンスに
聞こえなくもないが、
文字通り「自然な感触」だ。
ん?
妙だな
この言い方も当たり前みたいだ…
というかそもそも
当たり前の感触ってなんだ
言っている意味がよくわからない
…あ、そうか。
自然「の」感触。
これなら完璧に伝わるはず。
どうやらまだ僕は寝ぼけているらしい。
ガッ。
「!」
手探り探検隊は手の届く範囲を
あと少しで探索完了する。
今の所、自然「の」感触しか
触り当たりがない。
しかし、探し終えようとしたとその時、
とあるでっぱりに辿り着く。
ちょうど頭一個分上の方にあるそのでっぱりは
枕にしては硬く、鉄よりは柔らかい
何かだった。
なんで鉄が出てきたかって?
寝ぼけている僕に聞かないで欲しい。
枕よりも硬く、鉄よりも柔らかいものの
正体知るべく、
さらに探検する手探り探検隊
?!
ちょっと動いた…気がする…?
でっぱりの正体を知るべく触り続けると
一瞬動いたような感覚がした。
生き物なのか?
だがそんな思考がすぐに冷めるほど、
動いたと感じたのは一瞬だった。
寝ぼけてるという勘違いの方が
まだ納得できる。
その後も
何回か弄ったが動いた気がしたのは
最初の一回だけ。
正体は未だ知れず。
僕はさらに触り続けることに。
脳が起き始めたからか、
手の感触は未知の正体のさらなる情報を
僕に与えた。
なんだか暖かい。
熱くなく、ちょうど良い人肌くらいの温度。
その温もりはどこか懐かしさと包容力を
感じることができる代物だった。
本来であればその温もりはとてもいいものだが
今の僕にとっては
睡魔が語りかけているかのような感じがした。
もう一度寝てしまいたい…。
睡魔の語りかけで僕の意識は、
また朦朧としてきてしまった。
意識が遠のき、また眠りにつきそうになった瞬間
次は小刻みな振動が手の感触に伝わる。
先程の一瞬の出来事とは違い
振動は長いこと続いている。
今も、だ。
その振動で
先ほどの一瞬の出来事が
気のせいではないことに
確証を保つことができた。
そしてこのでっぱりが
ただのでっぱりじゃないということも。
温もりといい振動といい、
何か生き物なのかもしれない。
生き物であるなら
その目で正体を確かめたくなるのが常だが
ここ数日の最悪な寝起きは
僕に寝起き特有の怠惰を与えていた。
なんとしてでも体をうごかしたくない。
だるい。めんどくさい。
ほっといてほしい。消えたい。
それに加えて、
でっぱりが生み出した睡魔が
余計に怠惰を自乗する。
もういいや、このまま寝てしまおう。
でっぱりの正体なんてどうでもいいや。
怠惰由来の諦めは
そのまま僕を寝かせようとする。
心地のいいかぜといい
でっぱりの温もりといい
なんでこんなにも寝るのに最適な環境なんだ。
こんな環境ならば
逆に寝ない方が失礼じゃないか。
よし、寝よう。
意味のわからない屁理屈を並べ
寝る理由をこじつけて満足した僕は
そのまま寝ることを決意した。
しかし、その決意が一瞬で覆される出来事が起きる。
「いつまで触ってるん!!!だ!!!!」
その出来事とは
耳をつんざくような怒鳴り声。
そして、その声は、
僕の脳みそを直接震わせた。
僕は驚きのあまり
でっぱりを触っていた手に力が入り、
強く握ってしまう。
「ひゃん!」
怒鳴り声の後に聞こえてきたのは
艶のある喘ぎ声。
ここでようやく自分が触れていたものの正体がしっかりと気になり出す
目を開け、手先へと視線を向けると
僕が掴んでいたのは
誰かの太ももだった。
膝が僕の方に向いていることから
この太ももの持ち主は
僕に向かって正座をしているのだろう。
寝ている僕を
邪魔しようとでもしたのだろうか。
寝起きからあまり時間が経っていないが
いつもより早く視界がはっきりしてくる。
鮮明になった視界に映る太ももは
なんだか見覚えのある太ももだった。
まさかな…
そう思いつつ
太ももの持ち主を知るべく顔を上げる
視界はっきり探検隊
視界はっきり探検隊が目撃したのは
見覚えのある顔だった。
いや
「見覚えのある」よりももっと「見覚えのある」。
顔馴染みも顔馴染み。
親の顔よりも見た、
見知った顔。
髪型が少々違うものの
その顔は僕の幼馴染キツキそのものだった。
ありえない出来事に
起きたてほやほやの僕の脳は
エラーコードを吐きまくる。
そのエラーコードのせいか
僕の思考回路はある結論に辿り着く。
「…なんだ…夢か…」
その結論に納得し、
僕は眠る体勢に戻る。
「夢じゃなーーーーい!」
間髪入れずにツッコミを入れる彼女。
そういうと彼女は僕の頬を両手で挟み
自分の顔を近づけた。
「しっかり見て!夢じゃないよ!」
「・・・」
「・・・」
お互いに目を合わせながら
気まずい沈黙が流れる。
「・・・なんで黙るのさ」
「・・・いたい」
やっとの思いで頬の痛みを伝えると
彼女はハッとしたような表情をして
頬から手を離す。
「あ、ごめん・・って寝すぎだよ!
リーダーが早く来いって!」
リーダー?なんのことだ?
幼馴染の顔を見たのに加えて、
よくわからない呼びかけに
脳みそはパンク寸前。
これ以上脳みそに負荷をかけたら
周囲が自分の脳みそまみれになってしまう。
そうなるのは当然ながら嫌なので、
僕は考えることを放棄し、
それっぽい返しをした。
「…後から行くから先行ってて」
その言葉を疑いながらも
彼女は立ち上がり、
きたであろう道の方に
歩き出す。
「早くしてよ?」
「…うん」
「…また寝ちゃダメだからね?」
「…うん」
「本当に…」
「…んん…しつこい!」
「そんな寝ながらの体勢で言われても説得力ないよ!」
そういう彼女に僕は手をひらひらさせ、
絶対行くからと伝えると
彼女は若干諦め気味のため息をつき
その場を後にした。
一人になってようやく
冷静に状況を整理し出す僕。
ことがことなだけに僕はかなり混乱している。
初めての経験なのはもちろんの事
今自分がいるこの環境が現実なのかそうではないのかもまだ
定かにわかっていない。
もしかして夢なんじゃないか?
とも疑ったが、夢にしては色々とはっきりしすぎている。
混乱しつつも
僕の脳裏には一つの可能性がよぎった。
「これが最近流行りの転生ってやつか…」
自分で言ってハッと我に帰る。
何をとち狂ったのか
なんでこんな突拍子のないことを
思ったのだろうか。
確かに、最近嫌なこと続きで、
小説や漫画のように転生出来たらなと
思ったことがある。
それが叶ったとでも言いたいのか僕は。
いや、あれこそ小説や漫画のような出来事か。
それにしてもだ。
いやいやいやいや。
ない。ありえないだろこんなこと。
自分が転生したりとか…。
それに、自分がこんな非現実な可能性がよぎるだなんて。
しかもそのよぎった可能性に対して
疑いつつも懐柔されつつあるということもありえない。
自分が自分じゃないような感じして少しパニックになったところで
理性が働き、冷静になろうと精神に働きかける。
深々と深呼吸をしたところで落ち着きを取り戻した僕は、
再度、この不可解な現状に立ち向かおうとする。
「自分は…異世界に…転生した。」
試しに、可能性をしっかりと口に出してみる。
こうして口にしてみると、やはりその言葉の滑稽さに寒気がした。
「僕はこんなことを可能性として、感じているのか…。」
そう嘆き、嘲笑しつつも、やはりその可能性にどこか納得している自分がいる。
やはり違和感しか感じない。
「納得しているのに違和感を感じる。」
何を言っているのかわからないと思うが、これが今の自分の精神状態。
うまく説明できないのが歯がゆい。
自室のベッドで寝ていると思ったら、見知らぬ外で寝ていた。
寝相云々の話をしたが、寝相悪いどころの話じゃない。
それに加えて、先ほどまで寝ていた場所も場所で、まったく見当がつかない。
絶対あり得ないのだが、
もし寝相の悪さで別のところで寝ていたとしたら、
それこそ自分が知っている場所で寝ているはずだ。
それくらいに自宅周辺の土地勘はある。
それなのに本当に見当がつかないのだ。
この場所は。
国外かと思うほど、感じたことのない雰囲気を感じる場所。
自宅周辺や自分が住んでいる町、さしては国とは違う雰囲気を感じる。
なぜ自分がそんなところで寝ている?
意味がわからない。
おかしな話だ。
誰かが寝ている僕をここまで連れてきた?
それこそここ数日まで、引きこもって孤独に生きていたんだ。
ありえるわけがない。
まさか、
さっきの彼女が僕が寝ている間にひっそりとここに連れ出した?
そんなわけがない。
それこそ絶対にありえない。
それに彼女の存在自体も絶対にありえない。
絶対にありえないことなんだ。
何故かって?
そんなもの決まっている。
彼女は、僕の幼馴染キツキは、
僕が殺したのだから。
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