未来回廊~タイムループ 二周半目の男 スピンオフ 最終話

河田 真臣

最終話 未来回廊 1995

 ゲームテーブルの上に、タバコの火が落ちそうになる。

 ナポリタンが皿の上で冷めかけ、書きかけの原稿がそこに横たわっている。


 ここは、どこだ?

 ――僕は、誰だ?


 大学生か?

 レポートか課題でもやっていたのだろうか。


 クリスマスソングが、喫茶店の空間に流れている。


「ねえねえ、サンタさんに、なんとか伝説3が欲しいって言って!」

「なにそれ? ファミコン?」


「スーパーファミコン! 何度も言ってんじゃん!」

「なんとか伝説って、名前もわかんないんじゃねえ」


「うん。名前忘れたけど、すげえ面白いって。フウちゃんが言ってた!」

「え~。フウちゃんだけ~?!」


 今時、ファミコンソフトを欲しがる子供もいるんだな。

 レトロなゲームをやりたい気持ちも、わからなくはない。


 僕も、流行りのややこしいゲームは苦手だ。

 手に持っていたタバコを吸ってみるが、激しく咳き込んでしまう。


 喫煙も、精神的なものが影響するのだろうか。

 食べかけのナポリタンを啜りながら、息をつく。


 コーヒーが冷めている。

 いや、それよりもだ――僕が、誰だかわからない。


 学生証か、免許証――他に何か、確認できるものはないか?

 ああ。そうだ。


 彼はいったい何を書いていたんだろう。

 僕は書きかけの原稿に目を落とした。 


 ☆☆☆


 1995年、大学生だった年。

 阪神淡路大震災が起こった年。


 書きかけの原稿は、レポートなどではない。


 サダコが生まれるずっと前のこと。

 彼女は遅くに生まれた子だと、彼は――武山先生は仰っていた。


 僕は、ループを抜け出した。

 武山先生になる前の、ただの無名の学生として。


 ☆☆☆


 二十年が経ち、ループは起きなかった。

 そして、僕は相変わらず鳴かず飛ばずの作家のままだ。


 まあ、内面が僕なんだから、仕方がないか。

 そろそろ、あの作品を書いてみてもいいかもしれない。


 娘と手を繋いで散歩している。

 機嫌が良いと、彼女は時々、歌ってくれる。


 どこかで聴いた、歌詞のない、あの歌を。


「歌の教室行ってみたいの?」

「うん。ダメ?」

「いいよ。楽しみだねえ」


「パパは、なんの、お歌が好き~?」

「パパの好きな歌はねえ――」


 僕らは、ゆっくりと歩いて行った。


 ☆☆☆


 僕は、武山――ただの売れない作家だ。

 書くべき作品は、もう決まっている。


 サダコに似た女性。


 僕らは、いつか再び出逢うと誓った。

 以前とは違った形で。


 僕らは特性――まあ、そんなことはどうでもいい。

 僕が君に言うことは、たったひとつの言葉だけ。


 愛している。

 その言葉だけだ。


 ☆☆☆


 ~エピローグ~


 念願だった僕のデビュー作に、娘が出演することになった。

 それはまさに彼女の晴れ舞台。

 でも、正直に言えば、僕は本人よりも緊張している自信があった。


 スマホを手に取り、舞台のPVを観る。


「映画のオファーを断って、この舞台に出演を決めた理由は?」

「う~ん。なんか、演じなきゃって思ったんですよね。このサダコちゃんという役は」


「この役に、運命を感じたということでしょうか?」

「ええ。そう思います」


 舞台『未来回廊』の幕が開いた。


「師匠ー! おっつかれえ!」

 サダコが旅館の襖を勢いよく開け放った。


「ちょっと、ちょっと!」

 男が諫め、サダコはにっこりと笑う。


 僕らは、繰り返し、繰り返し――

 未来回廊という名の舞台を、何度でも演じ続ける。


                 了

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