胡散臭い神父と奴隷エルフ
スガワラ×2
第1話 黒いエルフ
いつものように聖書とタリスマンを持ち、教会の懺悔室へと足を運ぶ。その男はこの街の丘の上にある教会の神父、ヨハンだ。
今まで数々の信者の嘆きや告罪、あらゆる懺悔を聞いてきた。不貞を働いた主婦、誤って家畜を殺した弓士、盗みを働いた子ども…みな彼の言葉を聞いて救われていた。
だが今日彼の前にいる信者は様子がおかしい。神父は落ち着かせて話を聞く。
「神父様、私は、私は犯してはならない罪を、犯してしまいました。子供を山に置き去りにしてしまったんです!奴隷商から買った子なんですが、その、最近生活が厳しくなってしまいまして…。」
「ふむ…まだ助かるやもしれません。その山にあまり凶暴な獣はいませんし、ここからそう遠くはないはずです。私が探してきましょう。もう貴方は帰っても大丈夫ですよ。家の為に少しでもお金を得るために働いてきなさい。」
信者達の罪を犯すのはこの国の王が全ての元凶だとヨハンは考えていた。暴君とも言える政策、厳しい税収のために貧富の格差は広がり、魔王軍が近くまで攻めてきているというのに国民同士でいがみ合いが起きてしまっている。
そんなことで不幸になる子どもがいてはいけない。その一心でヨハンは山に繋がる森林へと駆け出した。
しばらくすると、不自然に置かれた籠を見つけた。中を覗くと、この地では珍しい褐色肌の子どもが中で寝ていた。まぶたが少し赤く腫れていた。ヨハンは安心して籠を持ち上げ下山しようとすると、
グワウ!ガウ!ウォン!
ヤマオオカミに群れに囲まれていた。
「この子を囮に使ったのか?だとしたら中々賢い個体だな…しかし相手が悪かったな。」
ヨハンは聖書を開いた。そこには神々の長い物語が記されている。
「不浄の魂は灰に、灰は地に還る。空は黒く染まり、ただ主は罪を裁く。それ即ち… 『神の雷』!」
彼が握っていたタリスマンが輝き、その手に雷のような槍が現れた。神父はそれをオオカミに投げると、当たったオオカミから広がるように雷の輪が広がり、群れは全て倒された。
彼が操るのは神言魔術。神々の物語を読み上げ、それを再現する奇跡を呼び起こす魔術だ。敬虔な信仰と聡明な頭脳を持つヨハン以外に扱える者はそういない。
日が暮れない内にヨハンはさっさとその子を家に連れて帰った。
次の日の朝、ヨハンは教会でこれからのことを考えていた。家に帰って体を洗うときに女の子だと判明し、もうある程度言葉を理解して話すことができた。個人差はあれど見た目にしてまだ5歳くらいの子どもだと言うのに。
黒い肌に成長が早い女の子。心なしか耳も長く見えてきた。察するにこの女の子は
エルフという種族は基本的に女性が多い。その上、基本的に人間より成熟が早いが、ある年齢を期に全くと言っていいほど外見が成長しなくなる。血管や体の感覚を持つ回路とは違った魔術を行使する為の回路だけが成長していくかららしい。
そのためか、エルフは基本的に魔術のエキスパートが生まれやすい。そして、この子はエルフの中でも黒いエルフと呼ばれる種族だろう。
黒いエルフはその名の通り肌が暗い色をしている。魔術には様々な属性があり、黒いエルフはその中でも唯一、闇の属性を持つ魔術と相性がいいエルフだ。闇の属性は人間と対立する魔族の魔王軍がよく使う魔術であるため、人間からの風当たりは強い。
ヨハンが使う神言魔術は基本的に光の属性が多く、相性が悪い。それはこの子を育てる上で関係の無いことだろうが、万が一にでも冒険者になりたい、なんて言われたら苦労するハメになるだろうと悩むヨハンだった。
ヨハンは、必死にその子の世話をした。幸いにも黒いエルフの子どもも、人間の子どもも同じような生態であったため、子どもの世話をよく頼まれるヨハンにとってあまり苦では無かった。
数日経てば12歳くらいの少女のような外見までに成長し、自分と同じように会話をするようになり名前を決める必要があった。
「うーむ…他人の子の名前を決めたことはあるが、自分の子となると、こうも悩むものなのか…。」
「私、お花が好き!可愛いお花の名前にして!」
「花、か。…クロエとかどうだ?どこかの国の言葉で確か…新芽という意味だ。」
「うーん、わかんないけど可愛い名前!気に入ったわ!私はクロエ!ご主人様、今日はクロエと何する?」
クロエには奴隷の烙印がかけられていた。神々の時代から続くと言われている強力な魔術で、対象の間に大きな誓約がかけられる。
そのうちの一つ、「ご主人様」と呼ぶことを強制させるというものだ。くだらないがそういうものだと受け入れるしかない。
「今日は街の人たちの手伝いだ。近頃マチョが山から降りてきて農作物を荒らすそうだ。そいつらの駆除を頼まれていてね。」
「じゃあ私にも魔術を教えてくれるの!?」
「だからお前にはまだはやいと言っているだろう。危ないからお前はお皿洗いでも手伝ってなさい。」
「はーいわかりましたよーだ。」
マチョ駆除は意外とあっさり終わったが、連日のクロエの世話と神言魔術の連発でヨハンの身体には疲労が溜まりきっていたそのとき、
「ご主人様後ろー!」
ブモォッ!ブゥルルルゥッ!
興奮状態のマチョがヨハンめがけて突進してきた。
「う、うわあああああ!」
クロエはヨハンを助けようと必死に叫んでマチョに手を伸ばした。すると
ガギンッ!
黒く光る何かがマチョの身体に大きな風穴を開けていた。
(クロエのやつ、いま、詠唱すっ飛ばして魔術を行使したのか…!?)
ヨハンはわけがわからず、しばらく腰をぬかしていた。
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