第23話 これにて......

ギイイィ......。



手作り感満載のガタついた木製の扉を開くと、部屋の中には高貴さと賎しさのハイブリッドみたいな雰囲気の、同年代の女の子がいた。


女の子は、帰還したゲイジ以下6名の団員の姿を見るなり言った。



「ちょっとー、帰ってくるのが遅ーい! 一体今までどこをほっつき歩いてたのよ!」



あー、どことなく苦手なタイプ。ふんぞり返るように椅子に腰掛けたその少女を見るなり、俺はそう直感した。見た瞬間分かんだね、こういうのは。



ここまで来る道中ゲイジから聞いたところでは、この子がベルシャナ王国唯一の王位継承者シエラ姫の筈だ。割りとあっさり目の顔立ちに赤毛のセンター分けロングヘアー。やや栄養失調気味の細い体に長い手足。切れ長の瞳はどこか虚ろで投げやりなようにも見える。



「ねー、アイツは? マリアーノはどうしたのよ。これだけ待たせたんだから、さぞかしいいお宝でも強奪してきたんでしょうね」



物騒なこと言いやがる。


シエラはそう言ってから、ようやくこちらに気づいたようだ。



「......アンタたち誰?」

眠そうな紅い三白眼をこちらに向ける。



「俺たちは旅の者だ。マリアーノからの頼まれ事があってここに来た」



俺の言葉にシエラは一瞬ピクッと怯えたような反応を見せた。



「はぁ? マリアーノに頼まれたって、何をよ。っつーか、マリアーノはどこにいるの?」



あねさん......」


俺の隣にいたゲイジが、言いづらそうに俯いた。



あねさん』て。



「アニキはもう......」



「......もう、何よ」


そんなゲイジの姿を見て、シエラは何かを察しのだろう。明らかに顔が強ばっている。



「ここには......戻れません......」


ゲイジの言葉が最後まで言い終わらないうちに、シエラは大声で叫びだした。



「ふざけんな! つまらない冗談はいらないんだよ! いいから早くマリアーノを連れてこいよ!」



そう言いながら投げつけた木製のコップが、ゲイジの頭にクリーンヒットして綺麗に5分割して割れた。


タラリと流れる血を見て、シエラはますます取り乱した。



「ふざけるな! 言っただろう! ベルシャナを再興するって言っただろう! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」



「あああああ!!!」


やがてシエラは、奇声を発しながらテーブルをバシバシと叩き始めた。


もはや悪いキツネでも取り憑いたかのような騒ぎようだ。俺もう、ちょっと怖いもの。



「シエラさん、聞いてください」



そんな状況にも臆することなく、リッカが団員たちを掻き分けて最前列に出てきた。



「私たちと一緒にミゼルに行きましょう。ここに来る途中、ゲイジさんや他の団員の方たちと話し合ったんです。ベルシャナ王国の再建だけが、生きる道ではないと思います」



「ミゼル?」

そう言って、シエラはリッカのナリを見定めるように視線を動かした。



「僧になれっていうの?」


黙って頷くリッカ。



シエラに僅かに残されていた理性は、それで吹き飛んでしまったようだ。



「出ていけえええええ!!!」



完全なる絶叫。こりゃもう手に終えんわ。



「落ち着くまで少し待とう」


後の事はゲイジたちに任せて、俺はリッカを連れて部屋を出た。



翌朝―――



うつらうつらしていた俺たちの元へ、真っ赤に眼を腫らしたシエラが、ゲイジらとともにやって来た。



「ねえ、あなた。ミゼルって修行中は男子禁制なんでしょ」



部屋に入るなり、挨拶もなくいきなりリッカに問いただすシエラ。やっぱりお姫様なんだなぁ。



「はい」



リッカはそう言って頷く。



「修行って何年かかるの?」



「早くて5年。長ければ―――」


リッカの言葉を途中で遮って、シエラは言った。



「もういい。私は行かない。コイツたちと一緒にいたいから」



「でも―――」



「ありがとう。私のために」


一筋の涙と共に、ほんの少しだけ口許に微笑みを乗せてシエラは言った。



「国を追われてから3年、ここで暮らしてきたの。ベルシャナを再興できるなんて、本気で思ってた訳じゃない。ただマリアーノやゲイジたちと過ごした日々が楽しかったから、だから生きてこれた。もうこれ以上何も失いたくない」



その悲しそうな笑顔は、決意の表れでもあるのだろう。



「はい、分かりました」


多分、リッカも同じことを感じたんだと思う。シエラの決断をすぐに尊重した。



「私のために、マリアーノの頼みを聞いてくれてありがとう」



真っ直ぐな瞳で俺を見るシエラの表情は、当初の印象よりも少しだけ、本来の血筋の高貴さが勝っているように思えた。



「ねえ、これ使って」


そう言って手渡されたのは、使い込まれた皮の鎧一式セットだった。



「マリアーノのお下がりで悪いけど。あなたどことなくアイツに似てるわ」



あ......可愛い......。シエラが見せた笑顔は、ちょっとだけマリアーノに嫉妬したくなるかわいさだった。



「出発する時は声かけて。見送りしたいから」



そう言って急に打ち解けたシエラは、俺がドンジョロ盗賊団員から借りていた服からマリアーノのお下がりに着替えているあいだ中、リッカとキャッキャキャッキャ言いながら女子トークで盛り上がっていたようだった。



さて、これはこれで一件落着なんじゃないかな、マリアーノ。

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