第20話 弱く儚い者たちへ

「一体今日はどうなってやがるんだ。とんでもなく強いメスガキにイフリート。おまけに不死者アンデッドときやがった。どれもこれも滅多にお目にかかれるもんじゃねえってのに、とんでもない疫日だぜまったく」



マリアーノは舌打ち混じりに、吐き捨てるように言った。なんかゴメンな。そもそものきっかけは俺たちの野宿だもんな。



そうこうしている間も、イフリートの飛ばす火球を巧みに躱しながら、マリアーノの部下たちが反撃を試みている。



あるものは剣で、またあるものは弓で必死の抵抗を見せるものの、なかなかまとまったダメージを与えるには至らないようだ。どうやらイフリートを倒すには、マリアーノの魔法が不可欠な様子。



そのマリアーノが再び呪文の詠唱に入ったとき、狙いすましたかのようなイフリートの火炎が彼を襲った。



あっ、ヤバい! ミリィの時もリッカの時もそうだったように、呪文の詠唱中というのは無防備なものらしい。火炎はマリアーノを包み込むかに見えた。だが、その直前、二人のマリアーノの部下が彼らの団長を身を挺して庇った。



「ボーニャ! グロック!」

マリアーノは叫んだ。二人とも、恐らくもう助からないだろう。



「くそがッ!」

マリアーノは再度水の矢をイフリートに命中させると、イフリートはやや体勢を崩した。やっぱりイフリートを倒すにはそれしかないか。



それにしても、ドンジョロ盗賊団団員たちのマリアーノへの意外な忠誠心には驚かされた。



その後もお互いの攻防は続いたが、盗賊団の攻撃はさほど効果的とはならず、逆にイフリートの攻撃の度に団員の数は少しずつ減少していった。



俺もちょっとした致命傷を食らいつつも、都度再生を繰り返している。俺の命はもはや羽毛よりも軽い。



団員の残りが3名になった頃、マリアーノは真剣な眼差しで俺に告げた。



「チッ! クソ忌々しいがどうやら俺たちの命はここまでのようだ。こうとなりゃお前に託すしかねえ」



え、いや。俺に出きることなんてたかが知れているぞ。



「いいか、よく聞け。これは不死者アンデッドであるお前にしか出来ないことだ。今からお前の剣に俺の残りの魔力マナの全てを籠めて水属性を付与してやる。だからお前はたとえ消し炭になろうとも、必ずあのくそったれイフリートの野郎を倒してくれ」



「ぎゃっ!」



さらに一人、団員の命が儚く散った。



『どうした、人間どもよ。もう仕舞いか? 残された時間は僅かなるぞ』



イフリートはまるで直接脳に語りかけるように言う。そう言われてみると、周囲を囲む炎の壁が少しずつ狭まってきているようだ。



熱風に煽られながら、マリアーノはさらに言葉を繋ぐ。



「お前に一つ頼みがある。ここから北へ二里。エルという鄙びた里の近くに無名の泉がある。その泉の畔に俺たちのアジトがあるんだが、そこに一人の若い女がいる。その女は俺たちにとって大事な女性ひとなんだが、俺たちが居なくなったあとは誰に頼る当てもねえ。こんなこと頼む立場じゃねえのは百も承知だが、なんとか身が立つようにしてやってくれねえか」



え、なんだよ急に。しかし尋常ならざる、鬼気迫るほどに真剣な眼差しだ。



「......任せろとは言えないぞ」

マジで。



「ああ、それでいい。お前、名前は?」



「ケイタ」



「ケイタ。巻き込んじまって悪かったな。必ず生きてこの結界を突破しろ。そしてシエラ姫を頼む」



そう言うなり、マリアーノは俺のバスタードソードに両手を添えて呪文を詠唱した。



「エンチャント•アクア!」



すると、バスタードソードは刀身から青い光芒を放った。



「うわあ!」



叫び声と共に、最後の団員が黒焦げになって地に伏した。



「よし、行くぞケイタ。俺の後に続け!」



マリアーノは叫びながらイフリートに向かって一直線に走り出した。俺も夢中でその後に続く。



当然、即イフリートの放つ炎熱に包まれながらも、ショートソード一本を握りしめて走り続けるマリアーノ。



やがて「ベルシャナ王国万歳!」と一声叫び、驚くほどの轟音とともに焼け爛れた大地に転がった。



なんだこいつ。一体何者だったんだろう。



そんな疑問が一瞬だけ頭をよぎりつつも、どことなく感じた義侠心に答えたくなり、(まあ、せめてできることはやってみるよ)てな具合で俺はマリアーノの遺骸を乗り越えつつ走った。



熱い。それにしても途方もない熱さだ。俺は全身に重度の致命的な火傷を負いつつも、ただ気合いだけで走った。



「うおおおーっ!」



やがてイフリートが眼前に迫ったとき、俺はおもむろに跳躍した。



『なんと!?』



イフリートは慌てて右掌で青く光るバスタードソードを受け止めた。



まあ折角だから、マリアーノの遺言を叶えてやりたい。



「貫けーっ!!」



俺の気合いにマリアーノの意志が共鳴したのか、とてつもない勢いで水蒸気を吹き上げながら、剣はイフリートの掌を貫き、そのままの勢いで胸の中央を突き刺した。



『グオワーッ!』



断末魔の声を上げてイフリートは地響きと共に仰向けに倒れた。



こんがりと焼けた俺も、勢い余ってイフリートの上にうつ伏せの状態のまま乗っかった。



やったんじゃね、コレ?



思った通り、イフリートは敗北宣言を始めた。



『見事なり、人間よ。ならばかねてよりの制約通り、我が力汝に授けん!』



そう言うなり、イフリートは突如ものすごい勢いで赤く発光しながら徐々に圧縮されると同時に、俺の香ばしく炭化した体と同化した。



ドン!!



という強烈な鼓動と共に俺の体は跳ね上がり、そのまま再び地面へ仰向けにひっくり返って落下した。なんなんだよ、まったく。



あーでもそういえばイフリート、戦闘前になんか言ってたな。



俺は結界の解けた夜空をぼんやりと眺めながら思った。



やがて薄れゆく意識の中で、どことなく間延びした叫び声がうっすらと聴こえてきた。



「ケイタさ~ん、大丈夫ですかー?」

「アニキ~、何かあったのかー?」



......はあ、疲れた。ちと寝よう。

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