第7話 臭悪な小屋

 6人は冷たい床の上で眠り休息をとった。





「もう!体バキバキだよ!」


 シズクは大きく伸びをしながら石の寝床に文句を垂れる。


「横になんてなるからだろ」


 カイルは背中を預けていた壁に手をつきながら立ち上がる。みんな目を覚まし、各々で伸びをして身体の覚醒を促す。

 6人はアレクを先頭にシズクとアルシャその後ろにジールとカイルとスフィアという並びで階段を下りていく。まだ、完全には覚醒していないのかみんな無言で階段を下りていく。薄暗い空間には足音が響き渡っている。


「ついたみたいだぞ」


 アレクは目の間に出現した扉を指さす。


「え、また扉!?なんもなかったよね?」

「ああ、念のために周りに気を配っていたが特に仕掛けのようなものはなかった」

「なんでみんなそんなに疑り深いんだよ」


 アレクは扉に両手を置き奥へ押し込む。扉はキィという高い音を鳴らしながら開放される。その奥から微かに風が吹き込んでくる。シズクは反射的に鼻をぴくぴくと動かし目を瞑りながら匂いを嗅ぐ。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁ、閉めて!閉めて!」


 シズクは鼻を押さえながら床で悶え始める。遅れてカイル、ジール、スフィアも鼻を覆い隠す。


「「「これは…」」」

「動物の糞尿の匂いだな。しかもかなりの量があるな」

「な゛ん゛て゛!」


 シズクは途中まで言葉を発し、再び鼻と口を覆い隠す。


「シズクはきっとアレクになんで大丈夫なのか聞きたいのよ」

「俺か?うーん、慣れ?じゃないかな。そんなこと言ったらアルシャもだろ」

「アタシは匂いに関してはスペシャリストだからよ。臭気だってアタシの近くじゃ バラの香りに大変身よ。嗅いでみる?」


 アルシャは右手首をアレクに差し出し、アレクは顔を近づけて匂いを嗅ごうとする。しかし、アルシャはギリギリのところで手を引っ込める。


「ま、男が嗅ぐと理性を失いかねないけどね」

「…ッ!」


 アレクは引きつった笑いを浮かべる。次の瞬間、シズクはアルシャの背中に飛びつき周囲に音が響くほど鼻で空気を吸い込む。


「ほ、ほんとだ!めちゃめちゃいい匂いする。けどバラではないと思う」

「あら、ご不満?」

「いえ、アルシャお姉さま。なんの不満もありません」


 意地悪な笑顔をしたアルシャにシズクは顔をうずめる。少しずつアルシャに近づいていたスフィアも匂いを嗅ぐ。


「ほんとですね。いい匂いです」

「あら、スフィアもバラの匂いではなかったようね」


 顔に出やすいのかスフィアは図星をつかれて焦りだす。


「いえ、その」

「いいのよ。そういうものだから」

「どうゆうことですか」

「これは『誘惑する匂いテンプティング・セント』っていう体質なのよ。嗅いだ人の好きな匂いがするようになってるの」

「サキュバスっぽいな」

「サキュバスだもの」

「じゃあ行くか」


 アレクの号令に女性陣はゴーサインを出すが、カイルとジールは顔を真っ青にして気が乗らないようだ。


「結局ここにいるのが一番つらいと思うんだが」


 アレクに正論を言われてジールは悔しかったのか仕方がないと同意する。カイルもあきらめたように歩みを進み始める。



 通路を進んでいると骸骨戦士やゴーストといったアストラル系のモンスターが出現する。それらを先頭を歩くアレクが軽くあしらっていく。しかし、ゴーストなどの幽体には物理が効かないためシズクがアルシャの背中からお札を投げて祓っていく。


「アタシ結構モテる方だけど、同時に女の子に迫られるのは初めてだわ」


 相変わらずシズクに抱きつかれ、スフィアに右腕を拘束されているアルシャが顔を赤らめながら蕩けそうな顔で笑う。

 その後ろではカイルとジールがアルシャの匂いを嗅ぐか嗅がないかで葛藤している姿がある。いつも冷静な2人の様子が面白かったのかシズクは無邪気にクスクスと笑いかける。2人の額には怒りを象徴するかのようにしわが寄っていた。


「ねえ、ここはどうやったら次の階に行けると思う?」

「そうだな、また扉を見つければいいんじゃないか」

「さっきから行ったり来たりしてるように思うのだけど迷ってるの?」

「いや、探索してるんだよ」


 アレクは一瞬だけびくっと体を震わせて、アルシャに顔を合わせずに答える。


「あの、私思ったんですけど、扉開けた時に風が入ってきたってことはどこかに出口があるんじゃないでしょうか」

「え!?外に繋がってるってことか?そんな、やっとラストダンジョンに潜ったのにこれで終わりなのか…」


 アレクはすごく寂しそうにする。


「ねえ、あっちの光は何だと思う?」


 アルシャが指をさした方角には淡く青白い光が差していた。臭気に惑わされてか、今更6人は周囲に光源がないのに明るいことに気づく。光の方へと進んでいくと視界が一気に広がる。


「うそだろ」

「これは…」

「どうやら固定概念は捨てないといけないみたいね」


 6人は月明りに照らされ立ち尽くし目の前に広がる草原に驚愕する。カイルとジールは思い出したように走り出し背後の小屋から離れ、口を覆っていた腕をはがし胸を張って深呼吸する。


「「生き返ったああああ」」


 普段見せないような2人の姿に他の4人は爆笑する。



 しばらくして6人は落ち着きジールが状況整理を始める。


「まずはここがどこかだが、我はダンジョンの中だと考えている」

「まあ、100パーそうだろうよ」


 2人はいつもの調子で会話を進める。


「おそらくだがダンジョンの壁や天井に魔術的に何かが施されているのだろうな」

「つまり幻覚みたいなものってことか?」

「僕から1ついい?幻惑魔法とか幻術の類ではないと思うよ。僕はそこらへんには詳しいから信じてもらっていいよ」

「我々ではなく壁紙のように壁だけに影響がおよんでいるだけではないか」

「だからそれが違うって言ってるの。見てて」


 シズクはそう言うと立ち上がりお尻について土を払い札を口にくわえる。静かに息を吹くとシズクの身体をサクラの花びらが包み込む。花びらが消えシズクの身体が出現する。


「なにも変わってないじゃないか」

「じゃあ、僕に触れてみて」


 シズクは手をジールの方へと差し出す。ジールは差し出された手を握ろうとするがすり抜けてしまう。そしてシズクの身体は霧散して、その後ろから本物のシズクが現れる。


「ね?」

「いや、だから何だというのだ」

「つまりね、幻惑魔法には絶対に観測者が必要ってこと」

「いまいちわからないな」

「壁に幻惑魔法がかかってようが、私たちの視界が幻惑魔法にかかってようが結果は変わらないのよ。人に直接かけなくても幻惑魔法は発動するってことだよ」

「2人とも一旦落ち着け。論点がずれてるだろ」


 魔法の議論が白熱し、道がそれたのをカイルが修正する。


「みんな難しく考えすぎだろ」

「アレクにはここがどこでどうゆう状況か理解できてるのか」


 少し驚いた様子でカイルが尋ねる。


「シズクの魔法を見ればどうすればジールの疑問が解消されるかははっきりしてるだろ」

「「??」」


 5人は同時に首をかしげる。アレクは地面に落ちていた石を拾い上げ、深呼吸をする。左足を地面がえぐれるほど勢いよくねじ込み、身体のねじりを石を握った右拳へと伝え、上空へと投げる。その風圧で周りの草花はアレクを中心に波打つ。ものすごい速度で石は飛んでゆく。


「全然当たらんな」

「いや、何やってんのお前」

「だってよあの空が幻覚なら壁があるはずだろ。それなら石は跳ね返るはずだからな」

「あんな勢いで投げたら跳ね返るどころか壁が崩れるわ」

「まあどっちにしろ確認はできるだろ」

「やり方は脳筋なのに正しいのがむかつくぜ」


 カイルは苦笑いをしながら顎に手を当てて考え込む。


「オレの結論は出た。ここはラストダンジョンに存在する地上とは別の世界だ」

「え、つまり果てがないってことですか?」

「果てがないまたは球体状になってて繋がってるといったところだろ。異論があれば聞くがどうだ?」

「僕はないよ。そもそも考えるのはあんまり好きじゃないし」

「アタシもとりあえず目の前の出来事を受け入れるしかないと思うから異論はないわ」

「俺はわくわくすればなんでもいいぜ」

「私は皆さんほどダンジョンに詳しくないのでお任せします」


 ジールは納得できないのか少し考え込むがすぐにあきらめる。


「とりあえず今はその前提で動くとしよう」

「じゃあよ。ひとまず飯にしないか?」


 アレクは腰の袋を持ち上げてみんなに問う。カイルとジールは賛成だと言うがシズクとスフィアは不満があるようだった。


「なんだ、2人は腹減ってないのか」

「そうじゃなくてさ、みんな自分の身なりを見てみなよ」


 アレクたちは全身泥だらけであり、全身から臭気を漂わせていた。カイルとジールはおそらく鼻の機能が下がっており気づかなかったのだろう。


「だから2人ともアタシからあんまり離れなかったのね」

「うん」「はい」

「だからってどうもできないだろ」

「いや、さっきのカイルの理論で行くならどこかに水辺があってもおかしくないと僕は思う!」

「だが確証はないんだ。もしなかった場合は野垂れ死ぬとでもいうのか」


 シズクはばつが悪そうな顔をする。


「あると思います!」

「それは貴様たちの希望だろ。なんの根拠もない」

「根拠ならあります!」


 スフィアは杖を胸の前で力強く握り自信満々に言う。



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