第16話:王の影に吠えるもの

――Leo / 獅子座


都市の端、朽ちかけた球形天文台の影。

一人の男が、鏡のような池に向かって静かに問いかける。


「お前は……誰だ」


返事はない。池の表面に映るのは、彼自身ではない“何か”だった。

獣のような瞳。黒曜石のように光るたてがみ。

男と瓜二つの顔をしていながら、その眼差しは王を試す者のものだった。


***


この男――名はリオ・ヴァル=カーン。

恒星間連邦に属する第六観測庁にて、“因果分岐探査官”として認識されている。

だがそれは仮初の名に過ぎない。

本当の彼を知る者は、歴史の中にすらいない。


リオは、王家に連なる者だった。

ただし、玉座には就けなかった。

“選ばれなかった”王子。


兄は栄光に満ちた存在だった。

彼は影にすぎなかった。


その名が人々の記憶から消えかけた頃――

彼は、自らの運命を変えるため、連邦の奥深くへ姿を消した。

そして、あるものを追い求めた。


『原初の記録』

それは、神代より遺されたという、宇宙の起源と終焉を記す“見えない書物”。

触れた者は、王に、あるいは獣になるという。


***


天文台跡の地下には、時空の裂け目があった。

リオはそこで、“彼”に出会う。


「王を名乗るか」


水面に映る“もう一人のリオ”が言った。


「あるいは、ただの影か。選べ」


獣が吠えた。

それは言葉ではなかったが、確かな意志だった。


リオは答える。


「俺は王にはならない。だが、王の影として吠えることはできる」


選ばれた者ではなく、選ばなかった者が、

己の意志で進むとき――


宇宙は、その記録を一行、書き換える。


***


やがて天文台は崩れた。

地層の中へ沈むように、静かに。


だがその記録は、失われていない。


観測者たちは、空間の歪みの中で、断片的なデータを拾い上げる。

「L」「I」「O」「N」――点在するそれらの符号。


“見えない記録”の一部として。

王を象った幻影として。


そしてどこか遠くで、また誰かが囁く。


「13ではない。だが、確かにそれもまた鍵だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る