第二話
病室にどやどやとひとがやって来る。
スーツを着たひとがふたり、白衣を着たひと、そしてさっきの看護師さん。
最初に入ってきたふたりぐみのスーツのひとは、看護師さんに怒られて端の方に追いやられていた。
何となく目で追っていたが、ぺこりとおじぎをしてくれた。多分いいひとなのだろう。
かわりにあとからやってきた消毒液の匂いのする白衣の方々――まぁ、見るからにお医者さん方が私をあちこちに連れまわした。
目のなかを光で照らされたり、大きな機械で精密検査をしたりした。
急に倒れて、もしかしたら頭を打ったかもしれないということで丁寧にみてもらっているらしい。
いま警察にいる父からの厳命らしい。お医者さん方はみな一様に「あなたのお父さんにはおせわになっているから」と言っていた。
父はただの神主のはずなのに、やけに顔が広いなと思った。
様々な機械や診察にひっぱりだこだった。寝っぱなしだったこともあってか、最終的にくたくたになってしまった。
最終的にお医者さん曰く、ショックなものを見てしまったことによる貧血だということだ。
じゃあ何を見たかと思い返せば、かのご遺体……かもしれないものであって。
ちょっと思い出して吐きそうになるのを抑えつつ、警察のひとに詳細を聞こうと思ったが、うまく言葉にならない。
「私は何を見たんですかね……?」
お医者さんは言いにくそうに目をそらしている。
確かに言いにくいものではある。ご遺体の正体は、きっと。
私が答えに行きつく前に、スーツ姿の大人がぬっと割りこんでくる。
「それはこちらから説明しますね」
端に追いやられていたスーツのひとが、内ポケットから黒い手帳を取り出した。
ドラマでしか見たことのない証が付いていた。
やけに厳つい顔のひとがいると思ったら、警察の方だったらしい。
シワがついたヨレヨレのスーツがその威圧感を増しているような気がした。
「石畳の階段で亡くなっていたのは、
「…………はい、見ました。知っています」
割と衝撃的な事実のはずが、警察官さんはさらりと述べた。
私は目の前が真っ暗になりながらも何とか答えを絞り出した。
もしかしたら向こうはこんな質問手慣れているのかもしれない。
何を見ましたか、に対して死んだあなたのクラスメイトですと端的に伝えられるくらいには。
斉藤駿介くんはクラスメイトである。去年の秋に転校してきた男子生徒だ。
すらりと長い身長、太っていないし清潔感もある爽やかな都会風のイケメンだ。
マッシュの髪型が現代風で格好いいと評判の男子である。
そんな男の子が、転校してきて早々にサッカー部レギュラーとなった。
当然すぐにクラスの一軍へ駆けあがった。
その風貌と能力で多くの女の子の憧れを奪っていった。
おかげでうちの神社は一時期彼との縁を結びたい女子たちによるお参りが絶えなかった。
みんな総じて何故か夜のうちに訪れるので、行政に頼んで遅れていた電灯の導入を急いでもらった。
そんな彼が、亡くなってしまったというのだった。
きっと今頃、彼に思いを寄せていた女の子たちは涙していることだろう。
教室にお供え物とか持って行っていいのだろうか。
高校とかだったらお菓子とかあるかもしれないんだろうけど、中学はお菓子持っていったら滅茶苦茶怒られるだろうからなあ。
病室で警察から質問されながら、私はそう思った。きっと現実逃避だ。
「それで、神田明美さん。あなたに聞きたいことがいくつかあります」
警察の取り調べは非常に軽いものだった。ちょっとした情報収集程度のインタビューだ。
実際には父が取り調べを受けたらしい。
ちょっと過保護な父が病院にいなかったのは、警察署に拘束されていたからだったのか、と納得した。
いまいち浮世離れしている割にきちんと説明をしたという。何よりだ。
私はそれより気になることがいくつもあった。
「斉藤くんは、どうして亡くなったんですか……?」
警察官さんの長谷さんは部下のひとと顔を見合わせてからにっこりと笑った。
厳つい顔だから優しい笑顔が似合わないな、と思った。
「斉藤駿介さんは、頭を打って亡くなっている。
心当たりはないかな」
「……うちの、階段から落ちた、とか……?」
私は思いついたことを適当に言った。
実際雨に濡れた石畳の階段はつるつる滑って転びやすい。
おばあちゃんやおじいちゃんが参拝するときいつも不安になる。
お年寄りがすっころんだりなんだりして、変な噂とか怪談になってしまったらどうしようと思う。
警察官ふたりぐみはそうかもしれないね、と頷いて何かを手帳に書きつけていた。
厳つい顔の警察官さんが、ちょっとなよっとした後輩っぽい警察官さんに口頭で指示している。
その様子から私は、神社で死んだことは間違いないんだなと思った。
困った、変な噂になりそうだ。
それなら次の疑問だ。
厳しい目のふたりにちょっと怯えながら、気になっていることを切り出す。
「なんで警察官さん方がいるんですか……?」
ふたりは微笑んだ。似たような笑顔で少し恐ろしかった。
安心してくださいね、みたいな意図を含ませたその笑みが、誤魔化しであることにすぐ気づいた。
中学生を怖がらせないように作られた表情は、見覚えがあった。
私があの稲荷神社の娘だと知った時の、クラスメイトやその親の、敵対心がないと示すためだけの笑顔だ。
「大丈夫。事故かどうか調べているだけだよ。形式的なものだから、すぐ終わるよ」
若い方のなよっとした警察官さんが言ってくれた。
その時はああ、まぁ事故だったらすぐ終わるよね、と思って一安心した。
ところが取り調べが終わったあとで長谷さんが「無責任なことを言うんじゃない」と怒っているところが聞こえてしまった。
安心させるつもりだったんだろうが、殺人かもしれない状況ですぐ外すなんて軽率に言うものじゃないと怒っていた。
長谷さんは真面目なひとなんだなと思いつつやはり誤魔化しなんだなということが何となくショックだった。
案の定なよなよ警察官の言うことは嘘だった。すぐに終わらなかった。
家に帰っても、次の日学校に行く時も、階段からブルーシートと通行止めのテープが外されることはなかった。
何故なら斉藤くんは誰かと争って殺されたことが分かったからだ。
警察の長谷さんが言うには、雨でほとんど痕跡が流されてしまったけれど、呼び出したひとがいるらしい。
そのひとに話を聞いてみたいから、見た覚えはないかと聞いてきた。
流石に私も父も、よっぽどのことがない限り神社に来るひとは把握していない。
電灯があるとはいえ、この町は電灯も二十四時間営業してくれるコンビニエンスストアも少ない。あの日は雨も降っていたから殊更に夜は暗い。そんな日は外に出ない方がいいものだ。
そんなことはこの町に勤務している警察官なら知っているはずだけれど、お仕事上そうもいかないらしい。
病院にいた時より少し強めというか、緊迫感のある様子で質問をしてきた。
「彼の死亡時刻である夜の十時ごろ、何か見ていませんか?」
私と父は特に見ていないですと証言した。
警察は事件を解決してはやくブルーシートと通行止めを外してほしいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます