センチメンタルアンドロイド

北 流亡

センチメンタルアンドロイド

「皆様と1年間過ごさせていただくことにより、88.4ペタバイトのデータを収集することが出来ました」


 教育用人工知能搭載人型インターフェースEHA-FP87こと"花ちゃん先生"は、正確無比な軌道で一礼した。


「札幌市立藤花女子高等学校2年B組の皆様と過ごした日々は大変有意義なものでした。『人工知能搭載人型インターフェースによる教育補助法』の施行前モデルクラスとして選ばれた全国144クラスの平均値と比較しても、1.22倍とかなり高効率でした」


 花ちゃん先生は、配属された1年前に比べると、かなり人間らしい表情になったと思う。見た目こそ人間と見分けがつかないけど、最初の頃はあまりにも無機質な表情だった。


「私は人間と実際に触れ合うことにより、その発言、仕草、行動、思想、感情の情報を収集し、見せるために反映させてきました」


 隣のクラスの喧騒が聞こえてきた。終業式のホームルームなんて、普通は時間をかけない。


「皆様、私は人間らしく振る舞えていたでしょうか」


 みんな、涙を目に溜めて頷いていた。俯いてすすり泣いている子もいる。


「私は今日で役目を終え、JAOに回収されます。皆様からいただいたデータは、より良い教育のために利用されます」

「花ちゃん先生はどうなるの?」


 声が出ていた。そのことに私自身も驚いた。慌てて口に手を当てたけど、出てしまった言葉は引っ込まなかった。


「詠美さん、今までありがとうございました。私は廃棄になりますが、私が皆様と過ごした日々は、より良い教育への礎となります」


 花ちゃん先生は笑みを浮かべた。どことなく寂しそうな笑みを。


「嫌だよそんなの」


 桜子が、立ち上がった。


「私も嫌!」

「花ちゃん先生と卒業したい!」

「廃棄だなんてあんまりだよ!」

「花ちゃん先生は悲しくないの!?」


 クラス中が次々と声を上げる。感情の爆発が、次々と燃え広がっている。


 しかし、爆発は急激に鎮火する。

 花ちゃん先生の目に、涙が浮かんでいた。


「私だって……皆様とずっと一緒にいたかった……」


 それきり、全員何も言えなくなった。泣き声だけが、教室をしっとりと濡らしていた。


 不意に、教室のドアが勢いよく開く。朝村先生が入ってきた。


「ごめんなー、遅くなって……ってなんでみんな泣いてんの?」


 全員が、視線を朝村先生に突き刺した。どうしてそんな無神経なことを言えるのか、わからなかった。


「泣くに決まってるじゃないですか! 花ちゃん先生と二度と会えなくなるんですよ!」


 桜子が声を張り上げる。朝村先生は、きょとんとした。


「……あれ? EHA-FP87先生は来年も継続して副担任やることになったって言ってなかったっけ?」


 時が止まった。そう錯覚するほど、教室は静まりかえる。


「……え?」

「へ?」

「嘘?」

「はああああ!?」


 全員が立ち上がって、非難の声を朝村先生に向けた。

 どうやら、アンドロイド教師の成果が全国的に目覚ましく、継続して配置することが決まっていたらしい。

 私は、花ちゃん先生に駆け寄り、両手を握る。


「花ちゃん先生、やったね!」

「……やりました!」


 教室が歓喜に湧き上がった。全員が、泣きながら笑って、抱き合った。

 花ちゃん先生も泣きながら笑っていた。

 今、彼女を機械だと見分けられる人間は、世界のどこにもいないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

センチメンタルアンドロイド 北 流亡 @gauge71almi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ