第七話 神の名を持つ者

居住地ラルファ村、草原と林の間にひっそりと築かれたその集落は、今日も朝靄に包まれていた。


「……来るぞ」


バンピーノは静かに呟いた。彼の眼は、森の奥から響く鈍い足音に向けられていた。仲間たち──ケンタ、タツ、フェアリム、そしてセレスティアも、すでに武器を手にし、村の防壁へと走っていた。


「オークの群れだ!」


タツが吠えるように叫んだ。黒く肥大化した筋肉、凶悪な牙と棍棒を携えた異形の一団が、森から飛び出す。


「数十……いや、百を超えるぞ!」


「まずいな。ここは村人も多い。守りに回るしかない」


ケンタの声に、バンピーノは小さく頷いた。


「……では、我が力を示す時だな」


そのとき──


一人、村の奥から駆け出してきた者がいた。

銀の髪、淡い青の瞳。神秘を纏ったその少女──セレスティアだった。


「皆、離れて。……あの者たち、私が止める」


「は!? 無理だって! そんな数、ひとりじゃ──」


だがセレスティアの足元には、淡い光の紋が広がっていた。

古代の言葉とともに、彼女の唇が静かに動く。


「──天なる契約により、罪を焼却せよ」


眩い閃光が、オークの先頭を薙ぎ払った。

光柱が天から降り注ぎ、雷鳴のような爆音とともに、大地が焼ける。


「なっ……いまの、魔法か!?」


フェアリムが驚きで羽をばたつかせる。


「いや、あれは……神術に近い。だが、人間に扱える類ではない」

バンピーノの顔が強張る。


オークの軍勢が一瞬たじろぎ、そして怒り狂ったように再突進を始めた。


「今だ! 今の隙を突くぞ!」


ケンタが叫び、パーティはセレスティアの光が作った突破口に向かって突撃する。


「風よ、弾けろ!」

フェアリムの風刃が唸りを上げ、オークの一団を切り裂く。


「うぉぉおおっ! 俺の拳、炎より熱くなるぜ!」

タツが拳を燃やし、突進した。


「影よ、我が刃に宿れ」

バンピーノは影を纏い、鮮やかな一閃で敵の首を狩る。


──戦いは熾烈を極めた。

だが、確かにセレスティアの魔光が戦場を導き、仲間たちの力が応えた。


そしてついに、オークの首領が倒れ、残党は霧散していった。


村人たちの歓声が広がるなか──

セレスティアは、一歩、戦場の中心でよろめいた。


「おい、大丈夫か!」


ケンタが駆け寄る。彼女はかすかに微笑むと、静かに言った。


「大丈夫……ちょっと、力を使いすぎたみたい」


「おまえ、まさか本当に……女神の──」


フェアリムの言葉を、セレスティアはそっと遮った。


「私が何者かは、私にもわからない。ただ──あのとき、あの光が私を導いたの」


「どのとき?」


「バンピーノを見つけた夜、月が満ちて……その瞬間から、力が目覚めたの」


バンピーノは彼女を見つめる。

まるで、自らの過去の断片が再び目の前に現れたような不思議な感覚だった。


「……その力。おそらく我が祖の力に通ずる。だが、君が誰であろうと、今のこの地に希望を与えてくれた。それは……確かな事実だ」


セレスティアは、かすかに頬を赤らめた。


「ありがとう。……私も、このパーティの一員でいていいかな」


「当然だろ。今さら外れるつもりか?」

と、タツが笑う。


「だよねっ!」

フェアリムも羽ばたきながら抱きついた。


ケンタは頷いた。

「神だろうが人だろうが、うちの仲間に区別はないよ」


セレスティアは静かに頷き、仲間たちの輪の中に歩み寄った。


──こうして、神の名を持つ少女は、確かにその絆を手に入れた。


だが、その背に刻まれた光紋は、ただの飾りではなかった。

それは、次なる試練の序章を告げる印──


そして遠く、天上界の神座にて、ある者がその光に気づいた。


「セレスティア……お前は、まだ覚えていないのか」


静かに、世界は再び蠢き始める。

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