消費期限

碧はる

消費期限

やわらかなプラスティック越しの細長いものは、手の厚みからかかる重圧で簡単に潰れてしまう。きみのぶんも。ここに。ひとつ、(ひとつしか見えない?)その、包装を輪郭のぎざぎざした始発点から、左手の親指と人差し指を柱にして。右手の親指と人差し指をボートにして、走らせる。無事に波立つ分裂が忽ち広がっていく。


チョコレートの部分には細かく並んだ水滴がびっしりこびりついている。水生生物の卵のようで気持ちが悪かった。最初にきみが齧る。甘味の電が口内の回廊を渡る。口の形、が、コピーされ、綺麗な半月を光らせる。両端、

そり返りの部分が目立つ。きみがそれを嫌がるのだ。

齧り、齧る。


中のカスタードがきみの呼吸に重ねられて、飲み込むことが、とても重要であるように感じられる。眺める、の、先にあった、軋轢を生むきみの生活、の中にある精神の色彩がどろりと立ち込めている。外では曇の癒着が始まっていて、拍動を続ける心臓部分が隠れていた。

部屋にて暗転の告げ口を聞いた。


「ぼくはいま、カスタードエクレアの話をしている。」


たまらずサイドからも溢れ出るのは誰の分。薄いの唇の横にカスタードをこぼし気付かないきみが微笑む。わかった。もうちょっとで、ぼくもそっちにいくから。


無い声が、今度は僕の精神の部屋のドアノブを捻る。上下運動を続ける咀嚼の微小なズレで齟齬が生じる。もうこのドアは開かないんだよ。鍵をかけてしまったから。(ぼくの声は?)内臓に沈んだカスタードエクレアが唸る。玄関のドアの閉まる音を確認してドアを開ける。消費期限切れのカスタードエクレアの包装が、くしゃっと潰れて置いてある。

きみは散歩に出掛けてしまった。日照りのない、反復される庭。

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消費期限 碧はる @a_o_iharu

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