第16話 王妃と偽王女の覚悟

 ラタ王女の危篤の報が届いてから、領主館の中の雰囲気は、張り詰めたように一気に緊張の色に塗り替わった。

 館で働く人々は、ソティラスたちを除き、ミラージェス王国出身者で統一されている。悲願達成へ大きく前進した気分だろう。

 バークティ妃の命令で、館にいる全ての住人や召使が、大広間に集められた。


「予定では、まだ半月ほど生きている筈だったのだけど。もう、もちそうもないわね」


 バークティ妃の口元に、残酷な笑みが浮かぶ。


「おそらく一週間も経たないうちに、訃報も届くでしょう。そうなれば、ラタ王女のために、王は盛大な葬儀を催すでしょう」

「自分の後継者として、ラタ王女のことは溺愛しておったからの」


 テーブルの上にちょこんと座って、カルリトスは髭を撫でた。


「そして葬儀が済めば、シャンティとアルジェンの、新たな後継者候補宣言が大々的に発布される」


 ギュッと握ったバークティ妃の拳が武者震いし、目が不敵に笑んでいる。


(バークティさん怖いわ…)


 少し離れたところから彼女の様子を見て、カエは内心ゲッソリとした。

 他人の死を、あんな風に待ち望むことには、慣れそうもなかった。


「カルリトス、ソティラスたちの仕上がりはどうかしら?」

「90%といったところじゃろうの。すでに第三段階まで成長し、今は細かな微調整中じゃ」

「なら、使い物にはなるわね」

「うむ」


 部屋の隅に控えるソティラスたちの顔にも、サッと緊張が走った。


「おそらく王は、ウシャス宮殿にある闘技場クリ・カラリで、互いのソティラス同士を戦わせる武闘大会を開くでしょう」

「それって、所謂、デスマッチ…?」


 カエがおそるおそる口を挟むと、バークティ妃はにっこり笑んで肯定した。


「ゲフッ」

「貴族や一般人を招いて、盛大にするでしょうね。あなた自慢のソティラスたちの晴れ舞台よ。楽しみだわ」

「マジっすか…」


(うわあ…殺し合いなんて、嫌だあ…)


 そのために集められ、訓練をしている子供たちだ。今ではすっかり情が移ってしまい、殺し合いの道具にしたくないと、本気でカエは思っていた。


「ミラージェス王国解放の為にも、みんな、気を抜かずにね」

「御意」


 バークティ妃がしめて、その場は解散となった。

 ぞろぞろと退出していく中、カエとバークティ妃だけが大広間に残った。


「あ、あの、訊いてもイイ?」

「ええ、何かしら」


 カエは前から訊きたかったことを問いかけた。


「ラタ王女のことなんだけど、きっと? 警備とか厳重のなか、どうやって毒を盛り続けることができたの?」

「今から3年前、まずはラタ王女の元へ召使いを送り込んだの。優しいラタ王女に懐柔されない、わたくしへの忠誠と心の強い召使いをね」


 重厚な木材で作られたデスクの上に行儀悪く座ったバークティ妃は、脚を組んで妖艶な笑みを浮かべた。


「3年かけてラタ王女の信用と信頼を勝ち取らせ、心を許させて、そして本当に少しずつ毒を盛らせていったの。いきなり弱るほど盛るとバレちゃうから」

「…今死にかけてるってことは、召使いを疑いもしてなかったんだね」

「そうよ。今でも傍に置いているくらいですもの。食事に毒がまざってああなっているなんて、少しも思ってないそうよ。健気よね」


(私だったら、良心の呵責で、絶対バラしちゃいそう…)


「わたくし、ラタ王女のことは好きでもないけど、嫌ってはいないのよ。だって、素直に毒を食べてくれていたんですからね。――わたくしは自分の国を、絶対救いたいの」


 決意の揺るがない目。その目を見て、カエは胸を押さえた。


「この国に侵略されたとき、良心なんてものは捨てたわ。良心を持ち合わせていたら、ラタ王女を亡き者にするなんて出来ないから。祖国を救うなんて到底無理だもの」


 どこか遠い表情かおをするバークティ妃。


「イリスアスール王国を倒すことはどんなに足掻いても無理。王を倒せば国が滅ぶほど軟ではないのよ。悔しいけれど、国の端々まで統治が行き届いていて、中央は腐敗していない」

「うっ…」

「たとえあなたに大量のソティラスを作らせて王を襲っても、討つことなんて出来ない」

「王の持つ、エセキアス・アラリコ?」


 忌々し気にバークティ妃は頷く。


「そう。王のソティラスで構成された最強軍。王はね、ソティラスを1万人抱えているのよ」

「いっ」


(1万人ですって!?)

(いやいや多すぎでしょ! 額に指タッチ、あれ1万回もやったのか!)


 カエはあんぐりと口を開けた。


「ソティラスが1万、≪トイネン≫も1万…」

「あの化け物戦力が2万もいるの。到底敵うわけがないわ。それに、通常兵士で構成された正規軍100万もいるから、反乱なんて起こすだけ無謀の極みなのよ」


 はあ、とバークティ妃は呆れたように息をつく。


「ザッと数字言われても、想像の域を超えないわ…。規模がデカイってのだけは判るんだけど…」


 カエは困惑気味に眉間をよせた。


「正面から堂々と挑んでも仕方がないわ。反乱を起こして失敗すれば、ミラージェス王国は完全に滅ぼされてしまう」

「うん…」

「だから、内側から乗っ取るの」


 うふふふっとバークティ妃はご機嫌に笑った。そして真顔になる。


「王の血を引いていないあなたが、玉座に就くのよ。これほど愉快で胸のすくものはないわ」


(確かに…、酷い詐欺だよね)


 あはは、とカエは小さく笑った。


「ちゃんとね、ラタ王女のこと、可哀想なことをしたと思ってるのよ。――酷い女だと思う?」


 シャンティ王女と似た容姿のバークティ妃。

 母親という仮面かおは、そこにはもうない。

 あの美しい顔の裏側には、沢山の表情かおが潜み、今は無害そうな微笑みを浮かべている。


(……酷いことをしているのは、私も同じ)

(あの子たちに…ソティラスたちを、殺し合いの場に立たせようとしてる…)


 同じ穴の狢、という言葉が頭に浮かぶ。


(ラタ王女に対しては、本心から申し訳なく思う。ラタ王女だって、ただ王女に生まれちゃったから、復讐の犠牲になっている)

(……ごめんね、でも、私は私の目的のために、しらんぷりするね)


「酷いのは、お互い様だよ」


 ニカッとカエは笑った。

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