マルベリージャム 2

 おばあさんは、駅員さんがお見舞いに行くと大喜びでした。

 何ヶ月かぶりにおばあさんの顔が見れてうれしいはずなのに、駅員さんはなんだか涙が出そうになりました。おばあさんはすっかり痩せてしまい、病気が進行していることが一目瞭然だったのです。

 ただ、おばあさんの目だけは少しも変わらずキラキラと輝いていました。駅員さんは、それを見て、やっと笑顔を作ることができました。

 おばあさんは駅員さんの気持ちをすぐに見抜きました。昔から彼は隠し事が苦手だったのです。

「禍福はあざなえる縄の如し。良いことがあれば、悪いこともある。幸せと思ったことが不幸せにつながっていたり、不幸せだと思ったことが幸せにつながっていたり。そうでしょ、駅員さん?」

 駅員さんの胸の奥がズキンと痛みました。遠い昔、少女に禍福糾纆かふくきゅうぼくという言葉を教えたのは、彼だったのです。

「近頃は体調もあんまりかんばしくなかったし、お医者さまを困らせて叱られてばかりだったけれど……」

 おばあさんは手紙に書いていたことと、反対のことを言いました。駅員さんは努めて明るく尋ねました。

「困らせて叱られてばかりって、何をしたんですか?」

「教えてあげない」

 おばあさんは駄々っ子のような返事をしました。


 駅員さんは二度と戻らないかつての少女との日々を思い起こさずにはいられませんでした。

 泣きそうになるのを堪え、今朝摘んだばかりの桑の実を渡すと、おばあさんはさっそく一つ摘まんで口に入れました。それから少し残念そうな顔をしました。

「こんなに良い実だったら、とびっきり美味しいジャムができたのに……。あっ、そうだ! 今年はあなたがジャムを作ってみたらどう?」


 駅員さんはそれを訊くつもりでお見舞いに来たので、おばあさんから言い出してくれてホッとしましたが、心の片隅でおばあさんには総て見透かされているのかもしれないなと思いました。


 ジャムが美味しくできたら、また公休日にそれを持ってお見舞いに来ると、駅員さんは約束しました。

「あまりお医者さまを困らせてはいけませんよ」

 帰りがけに冗談めかして駅員さんが言うと、おばあさんは肩を竦めました。その仕草は彼の記憶に残る少女のころと少しの変わりもありませんでした。



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