四月

森のお店

 春から秋にかけて桑の木駅は、新鮮な青果や生活用品が並ぶよろず雑貨店のようになります。


 春は、ヨモギやワラビなどの山菜。

 夏は、スイカズラやドクダミのお茶にミョウガ。

 秋は、木の実やキノコ類。 


 近くの農家の人たちが、畑の新鮮な野菜といっしょに森で採れたものを持ってきてくれるのです。

 その季節になると待ちかねたように、お目あてのものをわざわざ買いに来る常連のお客さんたちもいました。


 品物の横には代金入れの箱が置いてあり、犬のマレがお店番をしています。といっても、こっくりこっくり居眠りしていることも多かったのですが。


 時間があるときは、駅員さんもお店番の人になりました。ポストさんの説では当然のことながら店長はマレ駅長で、駅員さんは時短のアルバイトでした。やっぱりマレが上司です。


 気候の良い春や秋の週末には、鉄道会社の計らいで桑の木駅に停車する列車の数が増えて、沿線の街からも人がやってきました。

 お花見や紅葉狩り、ピクニックにハイキング。森の楽しみ方はいろいろです。その人たちにとっても、森のお店の商品は格好のおみやげになりました。

 臨時列車に乗って、遠足で子どもたちがやってくることもあります。おとなしくて気のいいマレは、子どもたちに絶大な人気がありました。



 4月のうららかな平日のある日。

 下りの列車から降りた二人連れの買い物客は、今年の品ぞろえを一目見るなり、がっかりしたようすでした。

「お花はないの?」

「どんなお花のリースや苗があるのか、楽しみに来たのにねぇ」

 マレは申し訳なさそうにしっぽを垂れます。

「それに、いつものウールのなべつかみもないのね。あのなべつかみは、とっても使いやすいし、編み込み模様が可愛いからインテリアにもなるし、娘や息子にも送ってあげようと思って買いに来たのに」

「お洗濯ができるからいいのよ。洗って使うを繰り返して行くうちに手に馴染んで使いやすくなるし。わたしも愛用してるけど、今日はレース編みのランチョンマットの五枚揃いを新調するつもりで来たのよ。それと、ガンジー模様かアラン模様のポットカバー。それが、どれもみんな無いなんて……。去年来たとき、散々迷って、ポットカバーは買わなかったんだけれど、やっぱりあのとき買っておくべきだったんだ」

「ほんとよね。買って後悔より、買わなくて後悔の方が、たちが悪い。いつまでも後を引くから」

「そうそう。あーあ、がっかり」

 マレは、ますます、申し訳なさそうに首を垂れました。


 編み物のキッチン小物は、森の家のおばあさんのお手製でした。お花の苗もおばあさんが育てたもので、森の花のリースや花束もおばあさんが作って持って来てくれたものでした。

 森のお店に並ぶ品々は、どれもみんな街の人たちにとても人気がありました。取り分け、おばあさんの作ったものは森の木漏れ日や微風そよかぜのように、いつもの暮らしに小さなうるおいを、もたらしてくれました。


 でも、今年はお花も編み物もお店には一つも並んでいません。

 二人連れのお客さんは、農家の人たちが持ってきたイチゴや山菜、手作りのお味噌や草餅を買いました。用意してきた買い物バッグには、まだ、だいぶ余裕がありました。その余裕は、おばあさんのお花や編み物の分のような気がして、駅員さんもマレも寂しくなりました。

 帰り際にお客さんたちは、いつごろ来れば編み物やお花が買えるのかと尋ねました。

 その問いに「また来てくださいね」としか、駅員さんは答えることができませんでした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る