幼気チョコリップ(1)
ざわざわと制服の奥が疼くのを止められない。
網膜の裏にチラつく仮説を、するりと取り落としてしまった唇が恨めしい。
沈黙。
私との間に漂うものは、ただそれだけだった。
震える声で不躾に尋ねてしまって、このまま私は追い返されるのだろうか、取って食われるのだろうかと罪人のように冷たい椅子で縮こまる。
どれくらいじっとしていたのだろう。
彷徨う水晶体の先にあったスカートだと思っていた物は、全身が品のあるベルベットで覆われたワンピースだったらしい。
腰元がぐっと細められたコルセットの後ろで、ひらひらとジャガード生地のリボンが踊っている。
…造花が繊細に飾られたはめ殺しの窓しか無いのに、どうして。
隙間風すらない空間で薄ら寒さを覚えた耳に、嫋やかな声が忍び込んだ。
「…そんな話、どこで聞いたの?」
それは肯定とも否定とも取れなかった。
次手に詰まった女子高生には、大人に物申せることなんてもう無いのだ。
ここに来て初めて、単なる違和感が得体の知れない胸騒ぎへ変換される。
目の前のチェリーピンクの薄い唇は、こんなに柔らかく弧を描いているのに。どうして。
その時丁度、沈黙をものともせず柔らかく笑うジュリアさんの瞳が荒々しいベルの音で逸れた。
「お、おじゃまします!」
私でもジュリアさんでもない、甲高い声。
白い扉が勝手に開いたのかと錯覚した視線を下げれば、茶髪がふわりと靡く小学生くらいの女の子が立っていた。
「あら、お客様ね」
私を迎えた時と全く同じ温度の台詞でジュリアさんが立ち上がる。
息が詰まっていた。
掌に爪が食い込むほど、手を握り締めていた。
このまま沈黙が続いていたらどうなっていたのだろうか。
その実冷や汗が一筋流れるだけで留まったわけだが、もし会話を無理やり続けていたら...。
胃の腑から生暖かい息が流れ出ていく。
「お嬢さん、こんな暗いのにどうしたの?早く帰らないとご家族が心配するわ」
ワンピースの裾を前へ手繰り寄せ、無邪気にはにかむ小さなお客さんへ目線を合わせるようにしゃがみ込むジュリアさんの後ろ姿。
今なら逃げられる。
開いたままの扉にこっそり滑り込もう。
そしてもう、仙天駅の近くでは絶対寄り道しないんだ。
あ、でもあの子はどうしよう?
このままジュリアさんの元に1人置いていくのは罪悪感が募る。
よし、すれ違いざまに手を引いて走り抜けよう。
スマホは鞄の中。音を立てないように椅子も引いた。よし、
右足を踏み出した瞬間、私の思考は停止した。
「まじょさん、カナタくんをメロメロにできるコスメをくださいな!」
ボーテサロンに愛を求めて 紫桃こうへい @shitou-kouhei
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