第22話 屈辱の余韻、静寂の証明 (中学生編完)
何度も頭の中であの瞬間が再生された。
水木の顔に、俺の膝がめり込む瞬間。
反則負けを告げるアナウンス。
会場のざわめき。
崩れ落ちる水木の身体。
勝ちたいと願った末に、俺が選んだ形は――ただの禁じられた一撃だった。
(……なんで、あんなことを……)
悔しさより先に、胸にのしかかったのは申し訳なさだった。
水木への後悔はもちろん、何より道場で支えてくれた館長の顔が頭から離れなかった。
あの人は何も言わず俺を見送ってくれた。
それが余計に苦しくて、重くて、息が詰まった。
(俺は……館長に泥を塗った)
それから一週間、俺は道場に行けなかった。
部屋の隅に置きっぱなしになった練習用のグローブが、日に日に埃をかぶっていった。
「……もうやめたほうがいいんじゃないか……」
寝転んだまま、天井に問いかける。
でも答えは返ってこなかった。
やめたくない気持ちだけが、ずっと胸の奥で小さくくすぶっていた。
そんな朝だった。
「ピンポーン」
インターホンの電子音が、やけに大きく響いた。
母さんが玄関を開けて、驚いた声をあげた。
「スピゴ、来てくれる?」
のろのろとリビングに行くと、玄関に三人の姿が見えた。
館長と、見知らぬ中年の男。
その横に俯いて立つ水木。
「……なんで……」
声がうわずった。
「失礼します」
母さんが促し、三人は家に上がった。
リビングで全員が腰を下ろす。
無言の空気が重く沈んだ。
先に頭を下げたのは水木の道場の館長だった。
「まず、先日の試合の件……試合後に私の方が感情的になり、心ない発言をしてしまった。本当に申し訳ない」
「い、いえ……」
俺は顔を伏せて震えた声を絞り出した。
「それから……水木」
水木がゆっくりと頭を上げた。
まだ絆創膏が残る顔が痛々しかった。
「……謝りに来た。タックルに見せかけてお前の動揺を誘ったのは、俺だ。膝をもらう危険は分かってた。でも……正直、勝てると思って油断した」
声はかすれていた。
「だから……全部お前だけが悪いわけじゃない。……ごめん」
俺は何か言おうとしたが、喉が詰まって声が出なかった。
「スピゴ」
館長が俺に視線を向けた。
「お前がやったことは確かに禁止技だ。ルールはルールだ。……でもな」
少し声を落とす。
「それでも俺は、ここまで来るまでにお前が積み重ねてきたものを知ってる」
(……)
「逃げるな」
淡々と、でも優しい声だった。
「顔を上げてこい。負け方を選ぶのも、格闘技だ。次は正々堂々と勝て。それだけでいい」
息が詰まった。
胸が痛いくらい熱くなった。
「……俺……」
どうしても言葉にならなくて、唇を噛んだ。
「戻ってこい。お前は終わってない」
水木も立ち上がる。
「またやろう。次は、ちゃんとルールの中でな」
震える声で、それでも真っ直ぐに言われた。
俺は小さくうなずいた。
涙が零れ落ちた。
(……逃げるな、か)
まだ終わりじゃない。
それだけは、今ここで決めた。
*注意*
(膝へのタックルは相手や自分がけがをする可能性があるため総合格闘技では禁止されています。マネしないでね。)
漆黒ノ刃《シェイド・ブレイド》──地上最強を継ぐ者 まなぶくん @kaerunooheso
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