第二章

 恋する日々



氷の精は、毎日少しずつ、その男の子のことを好きになっていきました。

男の子はまだ小学生くらいで、少しやんちゃで、でも笑顔がとてもあたたかくて――

製氷室の冷たい世界には、まるで太陽のような存在でした。


彼はよく、製氷室の前にある小さなカフェの手伝いに来ていました。

家族の手伝いでしょうか。

氷を取りに来るたび、楽しそうに笑って、冗談を言って、友達とおしゃべりして。


氷の精は、それをずっと見つめていました。


「あなたに、選ばれませんように。

でも、ずっとそばで、見ていられますように」


その願いは、身勝手でした。

でも、彼女にできることは、それしかなかったのです。


氷の精は、目を閉じるふりをしながら、

そっと、ほんの少しだけ自分の氷を曇らせて、目立たないようにしていました。


透明な氷の中で、心だけが少しずつ温かくなっていく――

それは、まるで氷の中に咲いた、小さな恋でした。


ある日、男の子が女の子を連れて製氷室に来ました。

同じ学校の子のようで、二人は仲良く笑いながら並んでいました。

女の子の名前は、はなちゃん。

男の子とはクラスも同じで、どうやら仲の良い友達のようでした。


「今日は、はなちゃんにも好きな氷を選んでもらおうかな」


そう言って、彼は製氷室の扉を開けました。

一緒に入ってきたはなちゃんが、きょろきょろと氷を見渡し、

やがて、氷の精の列の前で立ち止まりました。


「この氷、きれい……」


その瞬間、氷の精の心臓が、はっきりと音を立てた気がしました。


“だめ……。お願い……選ばないで……”


彼女は懸命に、自分を曇らせようとしました。

光を反射しないように、透明度を落とそうと、祈るように――


でも、その日、彼女はとてもきれいに輝いていたのです。

想いが強くなるほどに、氷は澄みわたっていた。


「これにする!」


はなちゃんが笑顔で指差したとき、

氷の精の世界は、音もなく崩れ始めていました。

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