第7話 僕に誓いを君に指輪を
失敗して 失敗して ボロボロに負けて 心が折れそうになって 周りを見て 自分よりもっと大変そうな人がいて そんな人を助けようとして 助けられて 空回りして 結局全部裏目に出てしまって でも、やり直したいとは思わなくて でもただ一つだけ 願いが叶うなら、君と結婚式をあげたかった。
僕は辺境の下級貴族の末弟として生まれた。父は家でずっと飲んだくれていて、暴力をよく振るう。父に何回も繰り返しこういわれた「本気で生きろ」。僕にはその言葉の意味がまだよく分からなかった。そんなことより、僕は友達と遊んだり、のどかな平野で絵を描くことに興味があった。
昔、母はそんな僕の絵をほめてくれた。「とても上手ね」そんな風に優しく微笑んだ母は今、病に倒れ、寝ていることが多くなってきた。ガシュタール人の医者に診てもらったが結局力なく死んでしまった。
美術大学に行くことにした。僕はそれなりに頭が良かったし、絵も得意だ。だから簡単に合格できるだろうと思った。僕はエリンの町で試験を受けた。しかし結果は惨敗。初めて挫折した。面接官には絵の才能がないね、なんて言われた。
僕はエリンの町の公園をトボトボ歩いた。そんな時、地面に倒れた真っ白なキャンバスを見つけた。立て直して我武者羅に絵を描いた。自分のすべてをぶつけて最高傑作の絵が完成した時、ある女性が声をかけて来た。
「あら 素敵な絵ね」
僕はそんな言葉に驚きながら投げやりに言葉を返す。
「そんなことない」
「私はいい絵だと思うけど」
「君がいい絵だと思っても、他の人はどうだ? 見る人によって評価は変わる。絵は人間と同じ、多面体だ。見る人の立場、境遇、知識、それら色々なものが影響しあって見え方がかわる。」
「じゃあ 見てほしい人に向けた絵をかかないとね」
「君は?」
「実はここで絵を描こうと思っていたら、誰かさんにキャンバスを盗られてしまって……」
「……すまない」
「じゃあ お願いがあるの」
「なんだ」
「その絵、頂戴?」
「わかった」
「私はエヴリン。またね」
彼女はそこを去っていった。それに対して僕は小さくお辞儀をしただけだった。
二回目の大学受験をしていたころ、僕らの国で戦争が起こった。僕らは戦地に送られた。しかし僕には戦いの才能がなく、腕に銃弾を撃ち込まれ、利き腕を切断するしかなかった。一生絵を描けなくなった。戦力外通告を受けた負傷兵らは後方支援を行った。そこで仲間の死を沢山目撃した。けれど、仲間の死に見合った勝利を僕らは手にしていたはずだった。
しかし、勝っていたはずの戦争で国は降伏した。それを決めたのはガシュタール人だと国に帰還してから聞いた。
国はとても貧乏になって、失業した人が街にあふれかえっていた。
祖国のために命を懸けて戦って。敗戦して。仲間が大勢死んで、自分だけのうのうと生きていく。そんなのずるい。きっと僕が生き残ったことには意味がある。仲間が夢見た世界を僕が作らなくてどうする。「本気で生きよう」そう思った。
僕は政治家になった。
幸い僕には才能があった。僕の演説に人は熱狂した。絵の才能も戦いの才能も今まで何ひとつとりえのなかった僕も初めて人に褒めてもらえた。特にガシュタール人を批判する声に賛同が集まった。あっという間に僕は党の中で一番偉くなっていた。
僕は首相になった。僕らは新しく法律を作り、国は豊かになった。力を取り戻した我が子国に隣国が戦争を仕掛けて来た。親友が暗殺された。失意に支配され落ち込んだ。時エヴリンと再会した。彼女に励まされた。「好きです」そう言った。彼女は二つ返事で了承してくれた。けれど僕は質問を続けた。
「この国が負けたら、君は僕と一緒に殺されます それでもいいんですか?」
「はい」
「きっと僕は君と殆ど一緒に居れません。それでもいいんですか?」
「少しでも近くに置いてくれれば私は満足です」
「ありがとう。ありがとう。僕を選んでくれて」
僕たちは地下で暮らした。最初は僕らが勝っていた。けれど時間が経つにつれて物資の乏しい我々はジリジリと負けていった。僕らの地下室が敵に発見されるまでそう時間はかからないであろうところまで負けてしまった。
思い返せば、失敗したこと、やり残したことでいっぱいだ。
最後に戦いを忘れて、穏やかな日を過ごそうと思った。その瞬間は前触れもなく訪れたが今だと分かった。「結婚しよう」
僕とエヴリンは地下で誓い合った。ずっと一緒に居ると。
最後の日。僕たちは地下から出て平原にキャンバスを置いて、僕が左手彼女が右手になって絵を描いた。その絵はとてもきれいだった。
「私を殺して」
「……誓いを忘れたの?」
「え?」
「僕と君でずっと一緒に居るって」
「いいえ、覚えてる。私とあなた。二人で誓ったもの」
「一緒に死のう」
ソファに二人で寄りかかり、ポツリまたポツリと。
「わがままばっかりでごめんね」
異人伝 雪 @PublicVoidYuki
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