肉団子王子と学院

 俺とエドワードは一歳差の兄弟だ。俺が兄にも関わらず、エドワードが王太子なのは、あいつが王妃の長男であるからだ。

 対して俺の母はなんと、当時は王家付きのメイドに過ぎなかった。側室ですらなかったのだ。エドワードの女癖の悪さは、どうやら陛下譲りらしい。

 今の母は俺を妊娠してからのゴタゴタの末に側室に名を連ねている。もともとは伯爵家の次女だったらしいが、他の華やかな側室たちには敵わないので、末席で静かに座している――と、本人は笑いながら言っていた。


 現在は筆頭側室の派閥に加わり、その庇護下にある。そのおかげで俺は彼女の息子であるロイとは兄弟として普通に接している。


 一方、王妃の息子であるエドワードとは犬猿の仲だ。王妃の意向以上に、あいつ自身が俺を嫌っている。俺のことを「王家の恥」とまで言って憚らないのだから、まあよほど気に入らないのだろう。


 決定的だったのは俺の婚約者がクリスと決まった時だ。


 クリスの実家であるロズベルグ公爵家は、筆頭側室の派閥に属している。その縁を強化する目的で、俺と彼女の婚約が取り決められた。

 ところがエドワードは、婚約前からクリスに目を付けていたようで、彼女を自分の婚約者にと望んでいたようだ。だがそれは受け入れられず、彼は別の婚約者を迎えることになる。

 これで俺と彼女の仲が悪ければ多少は溜飲を下げたのだろうが、俺としては幸いなことに彼女との関係は良好だった。

 初対面の時に「クマさん!」と言って俺に抱きつき周囲を大慌てさせたという、本人曰く若気の至りな微笑ましいエピソードから始まり、今に至るまで少しずつ確かな信頼を育んできた。ちょっとやそっとで壊れる絆ではないと確信している。


 それゆえにエドワードは大層怒り狂い、時には俺に罵詈雑言を浴びせ、時にはクリスを口説いてと周囲を大いに困らせた。

 そんなエドワードが浮き名を流すようになったのはクリスを手に入れられない代償行為だったのだろうか。時に平民、時に貴族まで幅広く手を出し、何度か叱責を食らっても隠れて続けるくらいには筋金入りだ。

 まあそれでも、王太子としての自覚はできてきたのか、最近は自重してるように見えた。見えたのに………


「………あれは俺の幻覚か?」

「………残念ながら」


 グレイモア学院。我が国の名を冠するこの学院へ新たな生徒を迎える記念すべき日に、それは起きていた。


「お前、名をなんという!?」

「あ、あの………で、殿下に名乗るほどの者では………」

「もしやライカと言うのではないか!?」

「え、なんで………あ、いえ。はい、その通りでございます………」

「やはり………そうか! そうなのか! ははは、素晴らしい! 素晴らしいぞ!!」


 学院の正門から校舎への道すがらにいた男女。男の方は間違いなくエドワードであるが、女の方は見覚えがない。

 曲がりなりにも王家にいる俺が見覚えのない子女とはどういうことか。つまり限りなく低い身分の家のものか、最悪の場合、平民と言うことになる。


「あれは………口説いている、のか?」

「………実態はどうあれ、あの方の噂を耳にしてるものからすれば、そのように見受けられるかと」

「まずいな………」

「はい………」


 こんな人目の多い場所で女性を口説くなんて、軽率すぎる。今までも陰でこっそりと火遊びをしていた時点で問題だったが、今回は公の場で堂々とやってのけたのだ。ましてや相手が身分不確からしいとなればその噂の尾ひれがどうなるか想像したくもない。仮にもしエドワードが本気で相手に熱を上げていたなら、もう取り返しがつかないかもしれない。


「割って入るか………」

「お気をつけて、殿下。彼女は私が対応いたしますわ」


 一緒に登校していたクリスを伴ってエドワード達に近づいていく。周りにいた人垣も俺が来たとわかると素直に道を譲ってくれた。すまないね皆。


「おはよう、エドワード」

「ライネル………っ!」


 俺が挨拶をすると、まるで親の仇のように俺を睨みつけてくる。いい加減腹芸の一つでも覚えて欲しい。


「入学おめでとう。入試の成績も好成績だったと聞く。入学式のスピーチも担当するのだろう? 準備は問題ないか?」

「お前に言われる筋合いはない!」


 朝から叫ばないで欲しい。叫びたいのはこっちの方なのに。


「本当に大丈夫か? ならば先に俺に聞かせてくれ。これでも昨年のスピーチ担当だ。多少の指摘は出来るぞ」

「余計なお世話だ!」


 怒鳴った瞬間、俺はエドワードの首根っこを掴んで引き寄せた。


「おい離せっ!!」


 そのまま強引に引っ張ってこの場を離れた。逃れようとしているが、俺の身体強化魔術からは逃れられない。単純な身体能力ならエドワードが勝るだろうが、魔術はこちらが上だ。簡単に遅れは取らん。


「何をする!?」

「何をするはこっちの台詞だ。往来の場でナンパなんてしやがって」


 人気の少ない場所に移動して、軽く詰問する。こいつの火遊びはもう諦めたが、それでも陰でひっそりとやる程度にはこいつも自重していたはず。それなのにこんな晴れの日にトチ狂ったことをされたのだ。王家として頭を抱えたくなる。


「ナンパだと!? うがった見方を! 何処をどう見ればそんな勘違いを出来るのだ!!」

「あの光景をそのまま受け取ったらだよ」


 おや? 意外だ。こいつの口ぶりからするとお熱を上げて彼女をナンパしていた訳ではないらしい。嘘だろ。

 だが本当なら不幸中の幸いか。こっちがその気じゃないのなら多少の誤魔化しはきく。


「ただでさえお前は社交界の中心だからな。あんな距離感で女の子と話してればそう見えてしまうぞ」

「お前っ! ………いや、まあ良い。せいぜい今を楽しんでおくことだな」


 珍しいことが続く。こいつが俺の前で機嫌が良くなるとは。

 俺の説教が馬耳東風なのは諦めている。今回も筆頭側室にこの件を報告しよう。そして彼女から陛下に奏上してもらえば、そのまま陛下からエドワードに叱責が下る。いつものパターンだ。俺だけじゃなく複数のルートからこの話は来そうだから余計に話は早く進むだろう。

 そんな俺の内心を知らずに、エドワードは心做しか軽い足取りで入学式会場に足を向け去って行った。


「……陛下も頭が痛いだろうな。王家の継承者が、これじゃあな」


 これが入学式に起きた事件だ。

 その後の話としては、エドワードはどうやら本気で例の女生徒を口説いたわけではないらしく、彼女に特別近づく様子もなかった。

 しかし、そのかわり………


「クリス! あの豚はお前に何か迷惑をかけていないか!? 何かあればいつでも俺を頼れよ!」

「いえ、問題ありません」


 俺と婚約して以降、特に近年では距離を取るようになっていたクリスと積極的に交流を図ろうとしていた。


「クリス! ちょうど劇の招待が届いたのだ! 一緒に観劇しよう!」

「婚約者と行ってくださいまし」


「クリス! 一緒に食事はどうだ!? お前の好きな店を予約したぞ!」

「行きません」


「クリス、私の妻にならないか? お前にあの豚は勿体ない。私ならお前を幸せにしてやれる」

「ふざけるのも大概にしてくださいませ」


 それがここ数ヶ月のあいつの言動だ。俺もその度に注意するのだが糠に釘だ。

 エドワードの婚約者、ステラ公爵令嬢からはこちらに対して同情的に接してくれているのが不幸中の幸いだが、彼女のエドワードを見る目は既に氷点下を下回っている。


 クリスの方も流石にエドワードの対応に疲労した様子を見せていた。

 今回のロズベルグ領行きが彼女の慰安となることを願っている。

 最近は彼女を労ろうにも、彼女の好きな劇や料亭等、様々な場所を何故かエドワードに把握され、一通り誘われた結果、好きな場所に行くことが苦痛になる悪循環を生んでしまっているから、心安らぐときが限られてしまったのだ。

 マジでいい加減にして欲しい。



────────────────────

あとがき


 ライカについてはまた次回。


 まだまだ始まったばかりですので、今後広がっていく彼らの世界をお楽しみください。

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