肉団子王子は痩せることを諦めている

カイ

肉団子王子と婚約者

 応接室には様々な菓子がずらりと並んでいた。

 これらは俺がプロデュースした菓子で、今はそのレビュー中だ。

 焼き菓子中心のラインナップだが、味は上々。

 マドレーヌは仄かな甘みがやみつきになるし、フィナンシェはその独特な食感で俺の舌を楽しませてくれる。変わり種としては、どら焼は生地とあんこがかなりの再現度だ。スイーツに欠かせない果物類には品種改良の余地がありそうだが、調理工程はほぼ慣熟したといえるだろう。

 ショートケーキのいちごは生地と一緒に食べるのが至高―――そんなことを考えながらフォークを進めていると、応接室の扉をノックの音が響いた。

 おそらく彼女だろうと思い、入室を許可する。予想どおり、扉を開けて現れたのは可愛い我が婚約者であった。


「殿下、また間食ですか?」


 クリスが両手を腰に当て、やや呆れ気味に問いかけてくる。


「一応、仕事だ。量も抑えてもらってる」

「抑えてるようには見えませんわ」


 机いっぱいに並べられた菓子の山を見て、ため息交じりに言うクリス。

 無理もない。何しろ俺のお腹には見事な出っ張り。具体的には言わないが体重はとうに三桁キロは超えている。彼女が呆れるのも無理はない。


「さすがに全部は食わんよ。一口味見したら、残りはメイド達の物だ。評判だぞ、甘い物を食べられるって」

「メイド達もお気の毒に。今頃、制服を着続けられるかどうかと戦々恐々としてるでしょうね」


 そうかも知れないが、これでどの菓子が人気か分かるので、とても重宝させてもらってる。これからも彼女達には”幸せな職場”を提供するつもりだ。


「まあ、そこは彼女らの業務と割り切ってもらおう」

「鬼畜殿下」

「むしろ優しい上司だろう?」

「鬼畜」

「せめて殿下はつけような?」


 冗談だと言うように、クリスはカラカラと笑いながら俺の隣に腰掛けた。


「仕事熱心な殿下で私も将来安泰ですわ」


タプ。


「苦労をかけさせる気はない。これだけ菓子が流行れば、しばらく小麦と果物の売り先に困ることはないだろう」


タプタプ。


「さすがは旦那様。我が家の特産品が飛ぶように売れて、父も嬉しい悲鳴を上げてますわ」


タプタプタプ。


「それほどでもある。あとはこの人気とブランドの維持が肝要だ」

「頼りにしてますわ」


タプタプタプタプタプタプタプタプ………


「………ところでクリス?」

「はい?」

「その手はいつ止まる?」


 彼女の左手は俺の腹を弄んでいた。飽きること無くタプタプしている。俺の食い過ぎは注意する割に気に入ってるらしい。別に構わないが地味に痛い。


「殿下が悪いですわ」

「理不尽」

「殿下が悪いですわ」

「そうだねー。俺が悪いねー」

「ですわ」


 止めてくれたから良いか。どうしてここまで気に入るようになったのか、もう忘れるくらい日常だった。


「ところで、何か用事があったんじゃないのか?」

「ああ、そうでしたわ。私ったらうっかり」


 彼女は懐から手紙を取り出して俺に差し出した。


「父からです」

「ありがとう。いつもより速いな。何か聞いているか?」

「手紙を届けた者からは、緊急の連絡があるらしい、とだけ」


 ロズベルグ公爵とはこうして定期的に連絡を取り合っている。送られてくる手紙には大抵、近況報告から領地の経営状況まで、領地経営に必要な情報が簡潔に並べられている。

 将来的に公爵家を継ぐとはいえ、未だ家の外の人間である俺にこれを預けてくれるのは、公爵からの信頼の現れだろう。このような機密情報の塊である手紙を、こうしてクリスを通して届ける手間も取ってくれるのだから、ありがたい話だ。

 しかし、緊急とは何事だろうか。

 封を切って中身を確認し、そこに書かれた内容に眉をひそめた。


「ダンジョンで氾濫が起きたらしい」

「珍しい、ですわね。どちらからですの?」

「ベルデの森、だそうだ」

「まあ」


 クリスは口元を手で隠しながら、驚きの声を漏らした。

 ダンジョンの氾濫とは、普段はダンジョンから出てこないモンスターが、ダンジョン外に進出する現象のことだ。大抵は間引きを怠ったか、あるいは未発見のダンジョンで起きるが、報告されたものはどちらにも当てはまらないケースだ。

 さらに言えば、ベルデの森は領都の近くにある。もちろん、領内のダンジョンでは一番領都に近い。

 そこで氾濫が起きたとなれば、モンスターが領都を襲う最悪の事態だって考えられる。


「手紙にはなんと?」


 クリスが心配そうに尋ねてくる。


「幸いなことに脅威度は二。森の中で撃退することができたそうだ」


 まあ手紙が届いている以上、ある程度の安全は保証されているようなものだ。突発的な事故であったが、対処できないレベルではなかったというわけだ。


「安心しましたわ」


 その言葉通り、クリスは安堵の表情を浮かべていた。 


「それでは、既に一段落したと?」

「いや、どうやらダンジョン内の調査が進んでいないらしい。間引きは済んだようだが、それ以上は手が足りないと」


 手紙によると、領軍には他の仕事があり、それらと並行してダンジョンの奥へ調査に赴く時間が取れないとある。とはいえ、いつまでも安全確認を取れないのはよろしくはない。


「では、ひょっとして?」

「察しの通り、俺にダンジョンの調査依頼が来ている」


 わざわざ俺に回してくるあたり、この調査自体に俺の箔付けの意味もありそうか?

 だがそれがなせると思われる程度に、信頼されているということでもある。


「受けられるのですか?」

「ああ。急ではあるが二週間後に来てほしいとのことだ。これくらいなら問題ない」


 将来の領地の問題だ。ならば、俺が問題解決に励むのは義務と言える。

 あいつらにもちょうど良い実戦の機会だしな。


「大丈夫なのですか?」

「任せろ。こちとら魔術は学院トップだ。それに一人で行くわけじゃない」

「どちらかと言うと体力的なお話ですわ。こんなに立派なお腹ですもの」

「魔術とはそれだけ神秘に溢れているのだよ」


 こうなるとやることが沢山ある。騎士学科の連中への連絡。学院や王家へ届け出。商会の者たちへの事前連絡………

 大変ではあるが、この大変さが心地良い。油断するわけじゃないが、ちょうど良い非日常感だ。久々の遠征を楽しませてもらおう。


「そういうわけで、五日後には出発する。悪いが学院への届け出は任せても良いかな?」

「畏まりました。ところで、私も同伴してよろしいですか?」


 彼女のその言葉に、俺は色々と察してしまった。

 確かに故郷でダンジョンの氾濫が起きたら家族の無事を確かめに向かう選択肢もあるだろう。だが今回の件では、わざわざ学院を欠席してまで向かう程でもない筈だ。

 それなのに一緒に行こうとするのはなぜか。

 ………やはりエドワードか? とは、さすがの俺も口にはしなかった。


「問題ない。一緒に行こう。学院には領民への見舞いを兼ねていると伝えくれ」

「ありがとうございます。ではそのように」


 そうして準備の話を進めた俺達だったが、その時、外からやけに騒がしい声が聞こえてきた。


『中にクリスがいるのだろう!?』

『エドワード殿下。今、お部屋にいるのはライネル殿下のみでございます』

『そんなわけがあるか!』


 この声は不祥の我が弟と俺の側近、アルトだ。この手の怒鳴り合い………いやさ、エドワードの怒鳴り込みは今年に入って何度あったかと頭が痛くなる。

 隣で苦虫を噛み潰したような顔になったクリスに対し、俺は黙って後ろの執務机側を指差した。そこには隠し通路がある。クリスは頷いてそちらに隠れた。何度かこういう事があったので、彼女も慣れてしまっていた。


『ええい、埒が明かん! 入らせてもらうぞ!』

『お待ち下さい!』


 怒鳴り声の主がそう言うと、無遠慮に大きな音を立てて入口の扉を開けた。


「ライネル! クリスをどこにやった!?」


 開口一番にそう叫ぶのは、困ったことに俺の弟にしてこの国の王太子、エドワードである。


「彼女はここにいない。それよりエドワード。クリスを呼び捨てにするのは止めてくれと何度言ったら───」

「嘘を付くな! 王宮に彼女が来たことは分かっているんだ」


 もうやだ。取り付く島もない。


「見ての通りクリスはいないぞ。俺は一人で、こうして菓子のレビューをしていたところだ」

「全く! 毎度毎度菓子ばかり! これだから陰で王家の豚などと蔑まされるのだ!!」


 それはおそらく、俺がプロデュースしてる商会のライバルと懇意にしてる貴族だろうな。逆にこちら派閥の連中は俺の腹を富の象徴と褒め称えてくる。やかましいわ。


「無駄だろうがもう一度言うぞ。俺の婚約者を呼び捨てにするな」

「うるさい! 無理やり彼女の婚約者になった貴様に言われる筋合いはない!!」


 「無駄足だったな!」と言いたいことだけ言うと、奴は怒りを隠さないまま部屋を出ていった。


「自分の婚約者を放っておいて、他所の婚約者追いかけるお前に言われたくねえよ………」

「………ありがとうございます、殿下」


 ひょこっとクリスが顔を出した。


「むしろ俺のほうこそすまない。全っ然暴走が止まらないよな、あいつ」

「本当に………」


 昔から女好きではあった。その辺は年を取れば落ち着き、いつかは婚約者が手綱を握って収まるだろうと思っていた。

 けれど学院に入ってから、あいつのそれはより悪化していた。 ………あの事件以来ずっと。


「そういえば、最近のライカは問題ないか?」

「平穏に過ごせているようです。家のメイドとも仲良くなったようで、最近は行動を共にしてます。あの方が心変わりしても、無理やり連れていかれることはありませんわ」

「ありがとう。いつも助かってるよ。よかったらそこの菓子を持っていってやってくれ。あの子とメイドの分ね」

「お心遣い、感謝いたしますわ。殿下」


 そんなやり取りをしつつ、俺は今年初めの出来事を思い返していた。

 我が国の王太子が、往来の場で平民を口説くというあの醜聞のことを………



─────────────────────

あとがき


 新作、始めました。


 はじめましての方も前作をご覧いただいた方もここまで読んでいただきありがとうございます。

 今作は殿下とクリスのような掛け合いが好きな作者が、自分の趣味全開で書いています。

 ここまで読んで好みに合った方は、この先もぜひお楽しみいただければ幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る