第7話 浮島


 浮島は常に浮遊し、あてどなくどこかへと進んでいる。

 たまに街の上空を通ったりすることもあるようだが、アリサは決して街には降りなかった。

 なにか外界から距離を置きたい理由でもあるのだろう。

 俺はあまり深く詮索はしなかった。


 たまに、浮島が大きく揺れることがある。

 ワイバーンがぶつかった証拠だ。

 空にはさまざまな生き物が飛んでいる。

 鳥程度であれば、ぶつかっても衝撃はない。

 だがワイバーンがぶつかったときは、少し揺れる。


 建物や畑には、ぶつからないように、球状の障壁が張ってある。

 魔法障壁はそれなりに堅く、ワイバーンがぶつかった程度では破れない。

 どころか、障壁にぶつかった場合だと、揺れすらおこらない。

 浮島が揺れるのは、浮島の土台となっている大岩部分にぶつかった場合のみである。


 あるとき突然、警報が鳴る。

 ドーム状の魔法障壁が、半透明の青色から、真っ赤に変色し、大きな警報音を鳴らす。

 警報機能なんてついていたのか、と感心しながら、アリサを探す。

 それにしても、いったいなにごとなのだろう。


「おいアリサ、何事だこれは……」

「ピンチのときに鳴るようにしてあるんだよ」

「じゃなくて、そのピンチってのは?」

「あれだよ」


 アリサは上空を指さした。

 そこにはなんと、ドラゴンがいた――。


「グオオオオオオ……!!!!」


「おいおいマジかよ……」


 まあ異世界だから、なんとなくいるんだろうな……とは思っていたけど。

 ドラゴン……実際にこの目でみると、かなりの迫力だな。

 赤黒い鱗を持った巨大なドラゴンが、ドーム越しにこちらをにらみつけてきている。


「どうやら、あの子の縄張りに入っちゃったみたいだね。あれは暴龍だね」

「暴龍……?」

「ドラゴンってね、普通は人間を襲ってきたりはしないんだ。非常に知能の高い生き物だから、めったに人前に姿を現さないし、そもそもなにもなければ襲ってきたりはしない。人間よりもはるかにくらいの高い生き物だからね」

「そうなのか……? とてもそうは見えないけどな……?」


 目の前のドラゴンは、知能が高いようには見えなかった。

 話が通じる感じじゃないというか、いまにも襲ってきそうな、凶暴な感じだ。

 野生って感じ。


「だから、暴龍。暴龍ってのはね、知能を失ったドラゴンのことさ」

「堕天使のドラゴン版みたいなもんか」

「まあ、そんな感じかな。理由はいろいろあるけどね。追放されて、知能を失ったか……。それか、自ら狂ったか……。いずれにせよ、あれはもはや崇高なるドラゴンとは別物さ。ちょっと大きなワイバーンみたいなもん」

「へぇ。ドラゴンの世界も大変そうだな」

「だけど、厄介なことに、知能は失っても、ドラゴンとしての強さはそのままなんだよね。非常に高い魔力に、強靭な牙。そしてなにより恐ろしいのはドラゴンブレス。しかもまた、知能がないってのが輪をかけて厄介なんだ。理性がない、つまりリミッターがないからね。怖い物知らずで向かってくるよ」

「じゃあ、やべえじゃん……!」

「うん、まあ」


 そのときだった。

 ドラゴンはものすごい勢いで、こちらに突進してきた。

 しかし、ドラゴンは見えない障壁に阻まれる。

 ドラゴンは魔法障壁にぶつかって、ドン!と大きな音を立ててひるんだ。

 ぶつかると同時、浮島がかつてないほど大きく揺れる。


「うそだろ……障壁にぶつかっただけでこんなに揺れるなんて……」


 ドラゴンはめげずに、何度も牙を剥きだしにして、障壁にぶつかっていく。

 まるで夏にガラスがあると知らずに何度も窓に突進してくる虫のようだ。

 ぶつかるたびに、ドン! ドン! と障壁が音を立ててきしむ。

 浮島がゆりかごのように揺れた。


「おいおいこれ大丈夫なのか……!? 障壁は持つんだろうなぁ……!?」

「うん、あと2,3回はね」

「それじゃダメじゃん……!」

「大丈夫。もうそろそろ準備できたから」

「準備……?」


 そのときだった。

 俺――図書館の建物の一番高くなっている塔の部分、その先端から。


 ――ビュン!!!!


 なにやら真っ赤な光線が飛び出した。

 それは一瞬でドラゴンを貫いて、焼き尽くした。


 ――ビビビビビビ!!!!


「ギャ―――――ス!!!!」


 ドラゴンは翼を貫かれ、真っ黒こげになって、落下していった。


「って、なんか出たあああああああああああああ……!?!?!」


 浮島になにか兵器的なものは積んであるんだとは思ったけど、それがまさか、俺――図書館の先端から出るとは思わなかったんですが……!?

 

「あ、あれなに……!? てかなんで俺から出たの……!?」

「あれは対ドラゴン用の攻撃装置だね。あらかじめ、魔法陣を設置してあったのさ」

「魔法陣……?」


 魔法というのは、基本的に魔法陣を通じて発現するものだというのは、本でも読んだことがある。

 だけど、どこにそんな魔法陣が…………?

 あ…………!


「そういえば…………」


 図書館の天井に、なにかガラスでできた魔法陣があったな……。

 図書館の天井はところどころガラス張りになっていて、そこから日の光や月の光が差し込むことで、図書館の地面に魔法陣のような模様が浮かび上がるようになっていた。


「あれか……」

「そう、この浮島で一番高いのが図書館の先端だからね。ちょうど都合がいいのさ」

「知らなんだ……」


 てなわけで、俺たちは見事にドラゴンを退治した。

 浮島は今日も旅を続ける。

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