17話:全力

 満月が、雲ひとつない夜空に昇った。


 銀の光が、術式の中心に差し込む。

 同時に、大気がびりびりと震えた。大地が軋むような低い唸りを上げる。


 ――来る。


 俺たちの目の前、石造りの門が、音もなく開いていった。

 中から、黒く濁った瘴気が溢れ出す。


「ルナガルム……」


 ミレイナが声を詰まらせる。


 その名を呼ぶと同時に、門の奥から、巨大な気配が這い出てくる。

 光に溶けるように現れたのは、銀と黒の混じった毛並みを持つ、狼の姿。


 だが、それはもはや獣の形をした“災厄”だった。

 空を裂くような咆哮が、夜を震わせる。


 地面が砕け、結界が軋む。


 封印の儀式は、あと一手。


 ――時間がない。


「……始めるぞ!」


 俺は叫び、結界の中心へと走り込んだ。

 この一撃で、すべてを終わらせる。終わらせてみせる。




「いまよ!」


 ミレイナの叫びとともに、俺たちは結界陣の四方へ散った。

 それぞれの立ち位置に立ち、指先に集中する。


 ――今、この瞬間に、すべてを込める。


 セレスが声を上げた。


「魂よ、束ねよ。血よりも深く、誓いよりも固く――」


 ミレイナが続く。


「万象を織り、命を繋げ。閉じよ、大地の底より甦る災いを」


 俺も、覚悟を込めて叫んだ。


「我ら三つの力をもって、封ぜん! 鍵石よ、扉を閉じろ!」


 術式が輝きを増し、先ほど凝縮したエネルギー体が中心で燃え上がる。

 それはまるで、命の灯火のように赤く、強く――静かに光を放った。


 「……永久の眠りを、災いの獣に」


 猫の王が最後の言葉を重ねた瞬間、術式が解き放たれる。


 蜘蛛の巣のように張り巡らされた封印陣が、ルナガルムの身体を貫き、飲み込んでいく。


 銀の月が照らす中、咆哮が空に消えていった。


 ――そう思われた瞬間だった。


 ルナガルムの全身から、黒い光が噴き上がる。

 解き放たれた魔力が大気を裂き、周囲の術式が軋む音を上げる。

 空気が重く揺らぎ、地面が震えた。


 ダメ……だったか。


 けれど、確かに効いている。

 ルナガルムの動きは鈍り、かつての威圧感は薄れていた。

 弱体化はした――それだけでも十分な価値がある。


「……ならば、ここで終わらせる!」


 俺は腕を振り上げた。


魔導術式第十三階層……発動!」


 宙に浮かぶ魔法陣が次々と連なり、複雑な文様が光を放ち始める。

 十三重に重ねられた術式――破壊と封滅を両立する、決戦用の奥義。


 魔力が奔流となって駆け巡り、俺の意志を通して形となる。


 ――終われ、災い。


「撃てッ!」


 天空から一筋の光――雷のごとき魔力の槍が、ルナガルムを貫いた。

 黒煙が巻き上がり、大地が震える。


 そして、静寂が訪れた。

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