BAD BIRTHDAY SHOW

まろん🌰🐶

第1話 今日の主役は私です

「――お誕生日おめでとう!」


 乾いた声が跳ねるたび、教室の空気がパチンと静電気みたいに弾ける。

 篠崎シイナ、十七歳。本日、晴れて〈主役〉の座に据えられたらしい。


 ――でもね、主役ってそんなに楽しい役じゃない。


 黒板にはパステルカラーで “Happy Birthday Shina!!” とデカめの筆記体。担任のセンセイがニコニコしながらクラッカーを配り、クラスメイトはハッシュタグ用のスマホを構える。シャッター音、ストーリー投稿、@メンション。わたしは完璧な笑顔を返す係。これで三十回目くらい、「ありがとう♡」。


 うざ。

 心がつぶやくたびに、舌の奥が苦くなる。ミックスジュースみたいなチョークの粉が鼻をくすぐり、視界の端で風船がぷかぷか揺れている。その色彩の渦がやけに騒がしい。


 > Clap! Clap! Clap!

 Happy Birthday!!




 拍手のリズムは軽すぎて、トランポリンみたいに頼りない。

 だけどみんな、いいね!の数には真剣だ。祝われる側より、祝ってる自分をアピるほうが大事なんだってこと、わたしは去年もう学習した。


 ――ほんとに友達?


 喉まで出かけた言葉を、笑顔でパクッと飲み込む。

 胃の中で泡みたいに膨れあがって、破裂しそう。


「しーちゃん、放課後ヒマでしょ? 屋上でパーティーやらない?」

 言ってきたのは、学年トップのインフルエンサー・カナ。

 白い歯をキラッと光らせて、わたしの肩をポンポン。ああ、そのジェスチャーも SNS では映えるんだろうな。


「うーん、ごめん。今日はね……自分でやるの」

「え、自分で?」

「うん。わたし、わたしの演出家になるって決めたから」


 ハッキリ言った瞬間、空気が一秒だけ止まる。ザワッと視線。

 でもすぐに笑いとヒソヒソ声のシャワーが降ってきた。「シイナ、どうしたの?」「自分で祝うとかウケる~」。いいよ、好きに言って。


 わたしはポケットから、真っ赤なフライヤーを取り出した。

 昼休みに大量コピーして、校内中の掲示板に貼り散らすつもりのモノ。


 > ★THE BAD BIRTHDAY SHOW★

 日時:本日放課後

 会場:屋上

 ドレスコード:仮面は外すこと

 ――祝いたいヤツだけ来れば?




 目立つフォント、毒々しい色。カナが眉を跳ね上げる。「なにそれ」「見せて見せて」。

 ――そう、見て。しっかり目に焼き付けて。今日は、わたしの独壇場だから。





 昼休み。

 職員室前のコピー機はガタゴト悲鳴をあげ、真っ赤なフライヤーが雪崩れてくる。わたしはそれを抱えて廊下を疾走。貼り付け、配り、ロッカーにねじ込み、階段の踊り場にばら撒く。紙吹雪みたいに舞う赤が、校舎の白壁で映える。爽快。


 ――これくらい派手じゃなきゃ、主役の意味ないでしょう?


「手伝おうか」

 背後から静かな声。振り向くと、そこに立っていたのは――


 御影陽翔(みかげ はると)。

 黒髪を無造作に流し、制服の袖を雑に捲り、涼しい目をしている。クラスで目立たないのに、なぜか“視界に残る”タイプの男子。わたしと同じくスマホをいじらず、群れず、笑わず。だけど、しっかり見ている。そんな人。


「別にいいけど?」

「あんまり派手に撒くと、先生に怒られるかも」

「怒られ慣れてるし」

「そう」――そして彼は、紙を一枚つまみ上げた。「……“仮面は外すこと”か」


 ゆっくりとフライヤーを畳んで、胸ポケットに差し込む。

 その仕草がやけに丁寧で、わたしは一瞬、息を忘れた。


「御影くんは、来るの?」

「興味はある」

 たったそれだけ言って、陽翔は踵を返す。

 長い影だけが、昼の廊下に伸びていった。





 午後の授業なんて上の空。

 頭の中で流れるのは、『バットバースデー』――

 ♪ Bad birthday to you Bad birthday dear……

 リフレインの毒舌が心臓をノックするたびテンションが上がる。

 だるい、うざい、めんどくさい――でも最高。今日の BGM はそれでいい。


 チャイムが鳴った。放課後。

 瞬間、教室がざわめきで膨張する。わたしは立ち上がり、椅子を蹴って通路へ。

 窓の外、夕陽がグラデーションを描き、屋上のフェンスをサイドライトみたいに照らしている。舞台装置は完璧だ。





 屋上の扉を開けると、風船の海。

 さっき放課後ダッシュで運び込み、空気入れで膨らませた七色のバルーン。

 テーブル代わりの折りたたみ机には、スーパーで買ったホールケーキ。その真ん中にグサッと刺したのは、極太シルバーキャンドル。点火はまだ。クライマックス用。


 フェンス越しに見える街は、砂糖菓子の箱庭みたいだ。わたしは深呼吸して、両腕を広げる。


「さあ、開幕だよ――BAD BIRTHDAY SHOW!」


 扉の向こうから足音。最初に現れたのはクラスの男子二人組、好奇心オンリーのギャラリー。次にカナと、その取り巻きガールズ。スマホとリングライト、完備。

 ちらりと遅れて、御影陽翔の姿。手にはフライヤーの束。どうやら階段で落ちていたのを拾ってきてくれたらしい。わたしに黙って差し出す。目が合う。小さく頷く。――サンキュー。


 参加者、総勢十一人。

 祝いたいやつだけ、の割に多い。でもいい。

 わたしはステージ中央へ歩み出て、両手を叩いた。


 > Clap! Clap! Clap!




「みんな、今日は集まってくれてありがとー! 主役のシイナでーす!」

 わざとらしくお辞儀。バルーンが風に揺れ、夕陽の粒が跳ねる。

 拍手はまばら。でも、それで十分。


「まずは、ケーキ入刀――じゃなくて、ケーキ爆破からいきましょうか!」


 取り出したのは、スプレー式のホイップクリーム。シュボッと蓋を開け、一気に絞り出す。白い雲がケーキに積もり、溢れ、机からこぼれ落ちる。キャーと悲鳴、笑い。取り巻きガールズのスマホが連写モード。


 カナが眉をひそめた。「シイナ、それ大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。ケーキは顔に塗ってこそインスタ映え!」


 そう言って、自分のほっぺにクリームをペタリ。

 ひやっと甘い感触。わたしはニッと笑い、両手を広げる。


「主役に続けー!」


 ドレスコードは〈仮面を外すこと〉――

 だからみんな、笑うか怒るか、好きなほうを選んでよ。





 騒ぎがひと段落した頃、夕陽は群青に溶けかけていた。

 風船がカサコソ鳴り、机の上のケーキは雪崩れのあと。

 わたしはフェンス際に腰掛け、遠くの街明かりを眺める。手には紙コップのコーラ。炭酸の泡が舌に弾け、胸の奥までシュワッと刺激した。


 隣にコツン、と何かが置かれる音。

 見ると、御影陽翔が缶コーヒーを差し出していた。ブラック、微糖じゃないやつ。


「甘いの、足りてないと思って」

「むしろ甘すぎて吐きそうなんだけど?」

「じゃあ、苦いほうが中和する」


 缶のプルトップをカチッと開け、わたしのコップに注いでくれる。

 コーヒーとコーラが混ざって、妙なツートーン。

 でも飲んでみたら、不思議と悪くない。苦味と甘味が舌の上でケンカして、最後に仲直り。


「ほんとは、ちょっとだけ期待してたの」

「なにを?」

「本気で祝ってくれる人が、ゼロじゃないかもしれないって」


 ポロッと零れた言葉が、夜風に委ねられる。

 陽翔はフェンスにもたれ、夕闇を見つめたまま答える。


「ゼロじゃない。……たぶん、ここに一人」


 その横顔はライトに照らされて、淡い陰影。

 胸の奥で何かがコトンと音を立てた。

 ――あれ、いま、救われた? いや、まだだ。

 今日のショーは、まだ序幕。主役はわたし。でも――


 コーラ×コーヒーの奇妙な味が喉を通り過ぎ、

 鼓動がひとつ、軽く跳ねた。


 > Bad birthday to you

 Clap! Clap! Clap!




 屋上に残るネオンの残響。

 今夜、仮面を外すのは誰?

 ――次の幕が開く音が、もう聞こえている。

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