第1話 転校生は、金髪少女⁈

「今日の宿題やった?」

「やったやった。意外と簡単だったよ」

「お願い写させて!」

「えー? じゃあ、今度何かご馳走してよ」

なんでもない朝の会話。がやがやと騒ぐクラスメートたち。

「なあ、ウィザードやってる?」

「そうか、お前もやってるのか!」

「『「科学を象徴するもの」 の一つ、プログラミング。 その中でも、あまりに圧倒的な力を持つ者は 「大魔法使い (ウィザード)」 と呼ばれる――』」

「かっけーよな」

「ああ。最近CMも派手にやってるしな」

「それに、あのきれいな女の人この間の日本大会で優勝した人だよな」

「そうそう。美人だよなー。胸も大きいし」

そんな会話を聞きながら、僕はホログラムで生み出されたキーボードを叩き、プログラムを書いていた。

「はあ」

どうでもいい話をする皆に聞こえないように溜息を一つ吐くと、今度はいつもと少し違う会話が聞こえた。

「ねえ、今日転校生が来るらしいよ」

「えー、本当に?」

「男の子? 女の子?」

「あ、凜華ちゃんが先生と歩いていたのを見たって。女の子らしいよ」

「きゃぁ! 楽しみ!」

転校生か、珍しい。

四月の入学式が始まってすぐっていうこの時期とはいえ、僕たちの通うここ、私立長波学園は小中高の一貫学校だ。だから、内部からのエスカレーターじゃなくて外からの転校生が来ることはそうそうない。それに、わざわざ中高一貫の学校に行かなくたって、別の高校だっていいはずだ。

何か、裏がある?

「なんてね」

ただ、そんな作業の邪魔にならない程度の考察をしながら、「そんなことはない」って自分でツッコんだ。

どうせ、偶然入れる学校がここだったとか、転校生の親がここの校長や理事長あたりとコネがあって入れさせてもらったみたいな、つまらない理由だろう。

「やっぱり、転校生というなら美少女ってのが定番だよな」

「ああ。しかも訳あり属性も付いてたりして」

「ちょっと男子ー バカなこと言ってないで……」

「はーい。みなさーん。朝のホームルーム始めますよー」

横開きの扉をかけて、担任の袴田先生がやって来た。

時間切れか。とりあえず作ったファイルは適当に保存しておこう。

「今日は皆さんにお知らせがあるのですー。実はこのクラスに転校生が――」

その担任の言葉を遮り、勢いよく扉が開く音が鳴り響いた。

「ハロー!」

轟音と共に、元気な少女の声が教室内に響き渡った。突然のことに皆が驚愕する中、少女は教卓に手をつき前のめりの姿勢をとる。

「あたしは氷柱! よろしく!」

金髪碧眼の少女は、きれいな日本語でそう叫ぶ。

「えー、『田中・メアリー・氷柱』ちゃんは、アメリカからの転校生でーす。きゃっ、あたしも外国の女の子の担任になるのはじめてっ」

動揺するクラスメートを無視し、袴田先生は何事もなかったかのように紹介した。

「アメリカから来ただけで、あたしはハーフ。アメリカ系でも日本人だよ」

「あら、ごめんなさーい」

気の抜けた掛け合いをしている彼女らを尻目に、未だに言葉を発しないクラスの皆。無理もない。転校生の女の子はその登場の仕方もさることながら、かなりの美少女だったから。艶やかな髪を後ろで結った、高校生にしては少し幼い顔立ち。そして猫のような大きなつり目をした活発な彼女は、すらりと伸びた長い手足に細い胴と、日本人離れしたスマートなスタイルをしていた。胸は小さく背も低いが、女の子らしく突き出たお尻やくびれた腰は少女らしさを主張させている。


「じゃ、よろしく!」


ウィンクをしながら右手でピースをする彼女に反応を返す人はいなかった。

「ねえねえ、メアリーちゃんはアメリカから来たんだよね! すごい!」

「アメリカの人って、みーんな大きいんでしょ?」

「ねえ、メアリーちゃんって好きなこととか特技とかってあるの?」

衝撃的な登場をした彼女も、朝のホームルームが終われば一躍人気者になっていた。この学校に転校生というだけでも珍しいのに、アメリカから来た金髪碧眼の美少女なんてそうそうない。彼女を中心に、たくさんの女の子たちが円を囲んでいた。

対して、男子は遠巻きに小さなグループを作って

「おい、本当に美少女だったぞ」

「まじかよ。俺、告白しようかな」

「玉砕期待してる」

と、聞こえないようにひそひそと話し合っていた。そんなグループに参加せず、僕のように机に座って読書していたり音楽を聴いていたりといつもと変わらないクラスメートもいたが、それでもその転校生のことは気になるようで、僕以外のクラスメート達は時おりちらりと女子グループの中心にいる彼女のことを覗いていた。

「日本の俳優とか知ってる?」

「映画とかドラマって見る?」

「アメリカで人気の女優って誰?」

「ハリウッドとか見に行ったことあるの?」

「あはは、ボクはあんまり興味ないかなあ」

困った顔をする転校生。

しかし、次の質問。誰かが発した言葉をきっかけに、彼女は急変した。

「メアリーちゃん、はまっているゲームとかある?」

その言葉に、ぴくりと彼女の眉間が少し動く。

「そうね、あたしは今ウィザードにはまっているかな」

「「きゃーーっ!」」

黄色い悲鳴の後も質問責めは続いてゆく。

「ウィザードって今流行ってるゲームだよね! メアリーちゃんもやってるんだ!」

「近接攻撃が好き? それとも遠距離タイプ?」

「プレイ動画とかって見てる?」

「好きなスタイルは何?」

さらに質問が加熱してゆく。

「うーん、このままじゃ埒があかないなあ」

転校生がさらに困った顔をし、立ち上がった。


「じゃ、ここであたしの特技を見せるよ!」


彼女が両手を開いたまま前に突き出すと、ぽうっ、と青い光が飛び出した。騒いでいたクラスメート達は声を潜め、その不可思議な光景に目を見張る。

青い光は空中を泳ぎ、幾何学模様を作り出してゆく。

「きれい……」

その淡い光は少女を中心にして紋様を作り出していた。紋章のような光はシュルレアリスムとは違い一種の規則性を持っており、文字や数字、五芒星のような模様が円の中に描かれ、それは別の円や記号に枝分かれしながら大きく広がっていく。

「おお」という驚きとともに、クラスにいた皆が彼女の元に集まる。

間違いない。彼女はウィザードのプログラマーだ。それも、飛び切り優秀な。

今浮かび上がっているそれは、単なる模様ではない。ソースコードだ。プログラムの元となる英数字の羅列。一昔前はパソコンに何千行、何万行と書いていた英数字は、今は図形を描くだけで簡単に書けてしまう。彼女が今見せているように。そして、そのソースコードは基本的に光を纏いながら実行される。彼女は今プログラムを走らせている途中なのだ。しかも、ソースコードはもう教室には収まらないくらい大きくなっている。上に伸びきらなかった模様が、天井を伝わるほどだ。


一体、このソースコードは何だ。こんなに大きなものは見たことがない。早く見てみたい。

静かに興奮する僕を尻目に魔法陣は徐々に立体となり、花の形をとる。

氷のような、透明で奇麗な、数列で作られた花。

「……すごい」

そう呟いた矢先、転校生の彼女が口を開き、プログラムを詠唱した。


《漆黒と紅蓮の光よ、集い、無限の物量にて打ち砕け。洪水の如き稲妻は、防ぐことのできぬ飽和となって襲い来るであろう ―DoSフラッド―》


その声が聞こえた直後、その氷の花が弾けだした。その細かい破片はクラスの中に飛び散り、黒と赤の閃光を吐き出す。と、同時に教室内が悲鳴に包まれた。クラスの誰が、ではない。誰もが叫びながら頭を抱え叫んでいる。頭を抱えうずくまる者、壁に何度も頭をぶつける者、しゃがみこんで嘔吐している者と、まさにこれは地獄絵図だ。


そして僕の前にも、危険色を纏った稲妻と氷の破片が向かってきた。

【エラーを感知。五秒後に強制終了します】

僕の目の前にアラートが現れた。

まずい。強制終了されたら僕も発狂してしまう。

【四】

「F4!」


とっさにショートカットを呼び出し、先ほどまで使っていたキーボードを起動する。


【三】

「くっ……!」

ゆっくり考える間もなく、履歴を参照してさっきまで作っていたソースコードを探す。

【二】

まだ見つからない。

【一】

「あった!」

【ゼ――】

「ライブラリ参照! 《破壊、実行!》」


機械音声がタイムアップを宣言する少し前に、そのプログラムを実行した。青い光が目の前に表れ、盾や紋章に似た模様が浮かび上がる。

僕がさっきまで作っていたのは単純飽和攻撃に対する破壊プログラム。つまり、転校生の彼女が今行っているDoS攻撃を防御し、破壊するものだ。しかし、僕も運が良い。偶然作っていたプログラムで身を守ることができるとは。

そうこう考えているうちに、目の前に展開した僕のプログラムも破壊された。それはガラスのように粉々になったが、黒と赤の稲妻を飲み込み消滅させた。

ああ、プログラム書き直しかぁー。

身の危険から免れた安堵と軽い絶望を感じながら椅子に座り込む。一分もしない間だったがものすごく疲れた。

「ああー」

おっさんのような声を出しながら天を仰ぐ。助かったのはいいとして二時間以上かけたプログラムを一から書き直すのか……。

「あ、えっ⁈」

埃が煙々と舞う中、さっきの転校生が短く声を上げる。血の気の多いやつや正義感の強いやつならここで「ふざけんな!」とか「みんなの仇!」とか言ってあの子に殴りかかろうとするんだろうけど、僕はそこまで熱くなれないし、そこまでクラスメートの仇を取ろうとは思わない。自分だけが助かった安堵と、プログラム修復の手順を考えるのに背一杯だから。

「ねえ君!」

戸惑う先生を置き去りにし、彼女が僕に向かってやって来た。

「どうして君は狂わないの?」

バン、と机を叩き、変わった質問を飛ばす転校生。

「どうして、って。偶然作っていたプログラムを展開しただけだよ。それより、はやくこの地獄絵図をどうにかしたほうがいいと思うよ。総統……もとい学級長が復活したらどうなることやら」

「地獄絵図って、ぶはっ!」

僕から顔を反らし吹きだす彼女。汚いな。

「そんな言葉使う高校生初めて見た! さっきのプログラムを破壊するプログラムといい、君って本当に面白いね」

褒められているのか貶されているのか。

「ねえねえ。ボクと組んでよ」

「は?」

「ボクと組んで、一緒にウィザードをしようよ!」

黒と赤の閃光と土煙。その中で狂うクラスメート達。その中でただ二人だけ、僕と彼女だけがそこにいた。




これが、僕と彼女の出会い。


一つのゲームに夢中になった、僕達の物語。




衝撃的な転校生が現れた日。一度はボロボロになった教室内だったがすぐに直され、雰囲気も何も前と変わらなかった。ただ、あの転校生が引き起こした事件についてはタブーとなり、その話題を出す者は誰もいない。

「よお、たしかお前図書委員だったよな」

机に座りながらプログラムの修復をしている僕の前に、短髪の男の子がやって来た。

「これ返したことにして」

そう言って彼は僕に一冊の本を渡し、返事を待たずにグラウンドへと駆けて行った。まあ僕もこういう面倒事を押し付けられるのは慣れている。昨日だって、あの転校生が『一緒にウィザードをしよう』なんて一方的に誘われたし。

あ、でも昨日はごたごたで学校が休みになったのは良かったかな。ラッキーだ。

「ねえねえ、昨日の返事してよ!」

作業中の僕の後ろから小さくて柔らかい何かが抱き付いてきた。ふよん、としたその柔らかい感触に、一瞬だけ心臓が飛び上がる。

「な、な、何?」

平静を装いながら後ろを振り向く。そこには昨日の転校生がいて、楽しそうに笑いながら僕の体に抱き着いていた。少女特有の甘い香りと柔らかい感触が僕の理性をくすぐり、軽く目眩を感じてしまう。

「だーかーら。昨日の返事をしてってば」

「昨日のって、ウィザードの話?」

働かない理性の中、懸命に記憶をたどる。

「うん! ボクと一緒に組んでよ!」

「というか、ウィザードって」

「あ、ウィザードっていうのはね、日本で作られたVR、AR複合システムだよ。元々はゲームだったんだけど、それがホログラムなんかに応用されたわね。今はその技術が軍事にも使われているとも聞くわ。で、あたし達は元々のゲームについてをウィザードと呼ぶことが多いわね。未だにアップデートされてるほど人気の対戦型ゲームなんだ。そしてね、そのウィザードってね、相手のHP、ヒットポイントをゼロにすれば勝ちっていうシンプルなゲームなんだけど、勝つためには様々な戦略やプログラムが必要っていう奥の深いものなの。でね、これの一番の特徴はね、使うプログラムを自分で作成できることなんだ。だから、凄腕のハッカーならすっごく弱い端末でも圧勝できたりするんだ。もちろん、戦略を立てるのが上手い人とか、攻撃をかわすのが上手いとか、勝つための方法は色々あって、自分の長所を生かして勝つっていうのが基本スタンスなの。そしてプログラマーだけじゃなくて、身体能力を生かして戦うファイターや、クラッキングっていう特殊な技術を扱うデザイナーなんていうのもあって、これらはクラスって呼ばれる役割として分類されていて――」


「ストップストップ。ウィザードのことなら僕も知ってるよ」

いきなり喋り出した彼女を押さえ、僕は一つの疑問をその子に聞いてみた。

「そもそも、なんで僕なんだ。ウィザードが強い人なら僕じゃなくてもいいじゃないか」

そう。ウィザードは今一番流行っているゲームで、やっていない人はほぼいないと言われている。特に、この学校は生徒の自主性を尊重するということで全面的に支援しているほど、大々的に広まっている。大会の全面支援だけではなく、学級対抗戦なんかのイベントもあり、果てには文化祭や体育祭の種目や演目にも使われているほどだ。だからこそ、ウィザードをやらない僕よりも強い人なんてこの学校の中だけでもたくさんいる。彼女が言っていたような凄腕のハッカーも、戦略を立てるのが上手い人も、探せばすぐに見つかるはず。


「僕はやることがあるんだ。ウィザードにかまけている時間はない」

そう言って僕は目の前の作業に戻る。運良く自動バックアップされていたソースコードを見直して、その中で必要な部分を書き足し、不要な部分を削っていく。

「そう……」

小さな声が聞こえた気がした。


放課後。本を返すついでに図書委員の仕事をする。

「やっぱり、断らなければよかったかな」

罪悪感でちくりとした痛みを感じながら、乱れた本棚を直していく。

あんなことをしたとはいえ、彼女はアメリカから転校してきた女の子だ。噂によると、日本に来るのは初めてで、友人もいないらしい。一人ぼっち。

偶然とはいえ彼女との接点ができた僕が、クラスとの距離がある彼女と一緒にいるべきなんじゃないか。このままだと、彼女はずっと一人だ。


そんなこんなで家にたどり着いた。築五十年ともいわれているボロアパート。そこの二階の角部屋が僕が住む部屋だ。ポストにはダイレクトメールや催促状といったものが無造作に突っ込まれており、明らかに普通の住居とは異なった風景を醸し出している。でも僕の隣にある部屋にも同じように、ポストにダイレクトメールや催促状が刺さっていて、たまにオールバックで白いスーツを着た怖そうな人やパンチパーマにサングラスの男が扉を叩くのを見かけるが、そんなものは一月もしないうちに慣れた。それに、見た目は怖そうな人ほど意外と優しかったりするから驚きだ。


部屋の鍵を開ける。そこには、いつもと変わらない古臭い一室があった。ボロボロの畳に、カラフルなカビ。隅っこのほうにはクモやよく分からない虫が生息し、いろんなところに穴が開いている。

「さて、と」

鞄を床に置き、夕食の準備をする。幸い、ここに移り住んでからは電気やガスが止まったことは一度もない。なので、温かい食事を作ることができる。

夕食を終え静まる時間。僕は空中にプログラムを展開する。

「ふう」

学校でも作っていたあのプログラムの修復作業に移る。


僕は運送会社でアルバイトをしている。一言でいうと新聞配達の仕事だ。といっても電子新聞が一般的な情報源となった今、僕がやるべき仕事はハッキングに対する防御や、悪質なプログラムを破壊するものだ。数年前のように早起きして自転車でポストに配達を行うことはしなくていいから助かっている。

「とりあえず、さっきの条件分岐をコメントアウトで削除して――」

今日はいつもより早く帰れたから、プログラムの修復に時間をかけることができる。それに明日は休みだから、朝までだって作業ができる。

僕は夜通しで作業をした。

「ふわあ」

結局、一睡もせずに朝を迎えた。

「あ、夜明け」

割れた窓から橙色した朝日の眩しい光が差し込んでいる。その光で、僕の体が汗まみれなことに気が付いた。

「シャワーでも浴びるか」

僕は着替えを持ってお風呂場へと行く。

シャワーを浴びながら昨日のことを思い出す。転校生が僕にウィザードを一緒にやろうって言ってきたんだ。断ってしまったけれど、やっぱり彼女のことが気になる。それに、彼女が一人ぼっちのままなんて嫌だし、なんとかしてあげないと……


でも正直もう寝ないと。

とりあえず今日できたプログラムを会社のパソコンに送っておいて、プルリクエストが来なければ寝るとするか。

シャワーを浴び終え、体をタオルで拭き服を着る。そして会社用のメールアドレスに徹夜して作ったプログラムを添付し、送りつけた。これで今日の仕事は終わりだ。

「はあ」

疲れきった体は限界を迎えていたらしく、布団に横たわる僕の意識はあっけなく暗闇へと落ちていった。


次の登校日。僕は食堂にいた。お金なんてないから、一番安いかけそばの何もトッピングされていないものを買う。

「いただきます」

そのまま席に着くことなく、お盆を持ったままホールの端っこに座る。こうやって目立たない場所でもそもそと食べるのが僕の日課だ。

「あ、またいる!」

そんな僕に、誰かが話しかけてきた。

「え?」

そこには昨日転校してきた女の子、つまりは転校生がいた。

「なんでいるのよ!」

彼女は怒ったように僕に向かって叫ぶ。

「なんでって、僕はここでご飯を食べているだけだから」

そう答えたけれど、彼女はまだ納得していないようだ。

「君、学校ではいじめられてるの?」

彼女の言葉に僕は驚く。

「な! なんでいきなりそんなことを!」

慌てて辺りを見渡す。周りの人たちが何事もなく過ごしていることに安心し、僕は彼女を諭すように話した。

「あのなあ、ここは学校だぞ? そんなところでいじめなんてあるわけないだろ」

「じゃあなんでここでご飯食べるの? みんなと一緒に食べればいいのに」

彼女は不思議そうに聞いてくる。

「それは……」

確かにそうだ。別に一人が嫌なわけじゃないけれど、どうしてか僕はいつも一人で食べている。

「それは、その……」

僕は言葉に詰まる。そんな僕を見て彼女は言った。

「ねえ、ボクと一緒に食べようよ」

「え?」

そんな彼女の一言に僕は驚く。

「だから! ボクとご飯を食べようって言ってるの!」

「いや、でも……」

そんな僕の言葉を無視して、彼女は僕の前に座った。そしてそのまま話し始める。どうやら拒否権はないらしい。


「でさ、君ってウィザードをやらないの?」

「……やるわけないだろ」

いきなりそんなことを聞いてきた彼女に、僕はそう答えた。

目の前の彼女は、カレーの大盛りにカツ、さらにハンバーグと、まるでお子様ランチのセットを頼んだようなメニューを食べている。

お金、持ってるな。正直羨ましい。

「なんで?」

彼女は僕の答えに納得いかないのか、そう聞いてくる。

「やるなら君一人でやればいいだろ? なんで僕がやらなきゃいけないんだ」

僕は冷たくあしらう。でも彼女は諦めなかった。

「だってさ、ウィザードは楽しいよ! 一緒にやろうよ!」

そんな彼女の笑顔に、僕は呆れた。

「そういえばさ、このクラスの学級委員長が、ボクたちに用があるんだって。食べ終わったら教室戻ろ?ね?」

「用があるのは君一人でしょ。僕は先に教室戻ってるから」


教室に戻ると、休憩時間であるにもかかわらずプログラムの修復を再開する僕に悪友がやって来た。彼は加藤一馬。幼稚園の頃からの付き合いがある腐れ縁だ。

「よお、飯食ってたのか」

「ああ、ちょっとね」

「ふーん。まあいいけど」

一馬は少し目をそらしてから言った。

「それよりさ、転校生ってどうよ?」

そんな彼にとってのメインイベントだと言わんばかりの彼に僕は言う。

「……めっちゃ可愛い子だよ。少し変だけど」

「それだけか?」

一馬はわざとらしく聞いてくる。

「まあ、一番気になるのは――」

そんな僕に彼は楽しそうに話す。どうやらあの転校生の話で持ち切りのようだ。僕は彼の質問に答えながらプログラムを直し続ける。

もうそろそろ完成するかな。

「なあ、そのことなんだけどさ」

「ねーえ、返事してよ」

悪友との会話に、例の転校生が割り込んだ。

「うわ! いつからそこにいた!」

いきなり現れた彼女に驚く。というか、僕の作業の邪魔をするな!

「さっきからだけど。でさ、あたしと一緒にウィザードしようよ!」

またそれか。しつこいなあ……

口の周りをケチャップで汚しながら、彼女は僕に言う。

彼女はまた僕に抱き付き、ウィザードの催促をしている。

「き、さま……転校生に手を出す気か!」

驚愕を顔に浮かべる悪友。

「ん? どうしたの?」

首をかしげる転校生。それを見て、悪友が僕に耳打ちする。

「なあ、あの子にまだ手を出してないのか」

「そうだよ。転校生と付き合う気もないから」

「じゃあ、俺が転校生口説いてもいいんだな」

にやり、と不敵な笑みを浮かべる彼。

「あの転校生はまだ日本に慣れてないと見た。しかも、転校初日のアレでクラスメートからは距離を置かれている。これはまぎれもなくチャンスだぜ」

いつも女兄妹の不満を言うくせに女の子が大好きなんてよく分からない性格を持つ彼は、勢いよく立ち上がったと思うと転校生の元へと歩き出す。

「なあ、ちょっと俺と付き合ってくれないか」

「あんた誰?」

「おっと失礼。俺は加藤一馬。こいつの親友さ」

そう言って彼は、僕を親指で指した。

「何か奢るから、放課後僕と付き合ってよ」

優しく微笑む彼。誰だコイツは。この、さわやかな笑顔でウィンクをする目の前の男は一体誰なんだ。

「……あたしはアンタに用はないの」

冷たい目をしてあしらう転校生。活発な雰囲気の彼女が急に冷徹な目になり、名称しがたいプレッシャーを与える。

それは一馬も感じたようで、額に一つ汗を浮かべながらも引きつった優しい笑みを浮かべている。

「どうしてだよ。ちょっと話するくらいいいじゃないか」

「ちゃらついている男は嫌いなのよ」

間髪入れずに答える彼女。

「一つ聞いていいか。何でこいつに付きまとうんだ」

「アンタに言う必要あるの?」

彼女の言う通りだ。僕の親友とはいえ初対面の相手にベラベラと話す理由はない。

「ふぅっ」

キザなため息をつき、一馬は口を開く。

「俺は、君のことを知ってるよ」

「何、ナンパならどっか行って」

ぽう、と彼女は右手から小さい火球を作り出す。それを見て引き下がる一馬だったが、なおもしゃべり続ける。

「去年のウィザード大会、全米準優勝の『Ice Flower』って、君のことだろ?」

その言葉に、彼女は一瞬目を見開き驚く。それに呼応して、手の火球が一瞬で消えた。

「子供らしからぬ冷徹な攻撃、いつもバトルスーツを身に纏って戦うスタンス。メディアに一切協力しないどころか、素顔や出身さえ不明という謎のプログラマー。それが君でしょ。昨日のDoS――単純飽和攻撃――あれ、たしかIce Flowerが一番得意とする攻撃だったね」

イケメン顔を保ったまま、彼女のことを暴露する一馬。対して、いきなりのことに頭が追い付いていない僕と彼女。

この、僕の目の前にいる女の子がアメリカで二番目の実力者……?

一言ため息をつき、彼女は話し始める。

「あたしは、あたしの目的があるの。それをあんたに話す必要はないでしょ」

「……っ! 何だよそれ」

キレ気味に一馬が言う。しかし彼女は何も答えない。

「なあ、おい」

声をかけようとした一馬を無視し、彼女は駆け出そうとする。

「待てよ。そこまでいうのなら、ウィザードで勝負だ」

「……」

走り出そうとした足が止まった。

「俺が勝ったら質問に答えてもらおうか」

「……あたしが勝った時はどうするの?」

「こいつをやる」

そう言って、一馬は僕を指さした。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

僕の声が届いていないのか、勝手に決められてしまう。

「いいわね、それ」

「ちょっと待ってよ……」

さっきまで暗い顔をしていた少女が、いつの間にか好戦的な顔に変わる。

「よし、じゃあ覚悟はいいか」

「ええ、望むところよ!」

二人の間に見えない火花が散る。もう止めることはできないのか。


「ちょい、そこの者達。少々騒がしいのだが」

その雰囲気を破る者が一人。

「総統……」

日本人としては彫りが深い顔立ち、野心に燃える両眼、そして特徴的なちょび髭 (アザ)。クラスの委員長である日高寅吉だ。その名前から、皆は彼を「ヒトラー」や「総統」と呼ぶ。

「これは俺たちの問題だ」

「そうよ。部外者は去りなさい」

二人は相変わらず対立したままだ。

「そうも言ってられないのだよ」

クラス委員長。それは、このクラスをまとめる役職だ。特にこの学校ではその力が強く、授業参加の自由や生徒会への便宜など、様々な優待を受けることができ、そしてより強い指導者が現れればその権限を剥奪される弱肉強食の役職だ。

総統は視線をクラスの方に向ける。

「ワシはクラス委員として、皆をまとめないといけないのでな」

よく見ると、クラスの皆の視線が僕たちの方に向いている。好奇や歓喜の視線もあれば、怯えや恐怖の視線もあった。そして、見る限りでは怯えていたり恐怖を感じている視線の方が多かった。

「で、あんたは何しに来たの?」

転校生の少女が総統に問う。その言葉を待っていたとばかりに、総統がにやりとした笑みを浮かべる。

「今一度、この勝負をワシに預けてくれはいけないか」

握った右手を胸に当て、転校生を向いたまま器用なお辞儀を行う総統。その顔に似合わない上品な仕草は、彼に一種のカリスマを与えている。

「つまり、あんたが代わりに戦うってこと?」

少女の質問に総統が答える前に、一馬がまくりたてる。

「おいおいちょっと待てよ! これは元々俺達の話なんだぜ!」

「……君は元々ウィザードの戦いに参加するタイプではないだろう。それに、君は彼女に勝つことができるのか? あのDoS攻撃を展開した彼女に」

「……ぐっ」

暴れ馬のように騒いでいた彼が、たった一言で何も言えなくなってしまう。


これが、総統。僕たちのクラス委員長だ。

「あ、あれはたまたま油断していただけだ! 正面から正々堂々と勝負したら負けねえ!」

「そうかね」

小馬鹿にするような冷笑を浮かべる総統。

「ちっ、邪魔するって言うなら、力ずくで黙らせてやる!」

足を踏み込み右腕を大きく振りかぶる一馬と、自らに降りかかるそれを避けようともせずただ立っている総統。

その拳が総統の顔に当たる、その瞬間。一本の赤い傘がそれを遮った。

「……」

「暴力はだめだよー」

その傘の持ち主は、一人の少女だった。眠そうな顔をしている彼女は、松岡洋ちゃん。このクラスで書記をしていて、一馬のように暴力を用いる輩をその傘で粛清する。そのせいで、影で「書記長」と仇名されている少女だ。

そして、少し遅れて暴力反対を唱えたのは可愛く整った容姿をしている金髪の少年。彼は井上・ベニー・利家で、日本とイタリアのハーフだ。クラスでは副委員長をしており、ベニーという日本人にはなじみの薄いファーストネームとその地位の高さ、そして甘い容姿で女の子たちを釘づけにするとんでもない少年だ。

「……うるさい」

その傘が一馬の額に勢いよく当たると、彼は面白いくらい綺麗に崩れ落ちた。

「洋ちゃん! 暴力はだめだって!」

騒ぎ出す二人を後ろに携えながら総統は語りだす。

「そうだ。ワシらもあのDoS攻撃には困っていてね。あの攻撃、単純なものだったからいいものの、実はまだ立ち直っていない人たちがおってな。だから、攻撃をした転校生が賠償をしろだの一発殴らせろだの。はたまた同じ攻撃を受けろだの散々なものでな」

はあ、と一つ溜息をつく総統。

「だから、ワシが代わりに彼女とウィザードで戦おうということなのだ。ウィザードなら、ワシが勝っても彼女が勝っても納得はするだろう。少なくとも、仇討ちなど考える奴はいなくなるであろうな」

「なるほどね。あたしって、意外と目立つしね」

ふふん、と得意げな顔をする転校生。

「ふ、それもそうだな」

挑発するように彼は鼻を鳴らし、苦笑した。

「君のおかげで大義名分が出来た。ありがたく存じる」

そして、気絶した蛙のように足をピクピクと痙攣させ倒れている一馬に向かって総統が声をかける。

「それでは、始めよう。賭けの内容は、『ワシが勝てばそこの彼の質問に答えること。君が勝てばその彼を君が頂く』ということでよろしいか?」

一馬と僕をそれぞれ見やり、賭けの内容を確認する。

「それは問題ないわ」

「では、始め――」

「でも、ちょっと待って」

総統の言葉を彼女が遮った。ペースを乱された総統が蔑むように彼女を睨む。

「見たところ、あなたのウィザードの実力って――」

猫のような瞳を細め、総統を見やる彼女。

「――相当弱いわね」

「ワシに挑発など無駄だぞ」

威圧感のある表情のまま、彼は静かに答えた。

「いいえ。事実よ。だって、あなた本気で勝つ気ないでしょ」

「……ほう」

「あなた、ボク達の会話を聞いてたでしょ。だから、ぎりぎりまで仲介をしなかった。それなのに、一人でボクに挑もうとしてる。つまり、あんたは勝つ気が無いけどとりあえずボクに挑んだって証拠が欲しいんでしょ」

「ふむ、なかなか賢い少女だ」

「もしボクが勝っても、『実は本気じゃなかった』なんて言われたくないわ。だから、本気で来なさい」

「……我の本気を望むか」

総統が静かに、しかし力強く言葉を放つ。

「そうね。『本気でやったけど負けました』くらいには全力で戦いましょ。だって、ウィザードはゲームよ。全力でやりあった方が楽しいわ」

ふふん、と言葉をもらす彼女は楽しそうだ。

「そうかそうか」

重い雰囲気を纏いながら、右手を顎に当て考える姿勢を取る総統。

「……なら、ワシは三人で挑むが、よろしいか」

間髪入れずに、総統は語る。

「よもや、複数人で挑むのが卑怯だとは言うまい」

「結構よ」

よく見るとクラスにいる皆は、先生も含めて僕たちの方を見ていた。

「でも、それならあたしも条件があるわ」

少女は僕を見やり、座ったままの僕の腕を掴んだ。僕の体は椅子から浮き、立ち上がって総統らと対立する構図になる。

「あたしは二人で挑むわ」

「それでも三対二であり劣勢だぞ。よいのか」

「いいって。デクの棒いくら集めたって無駄でしょ」

『デクの棒』なんて、アメリカ暮らしだった少女がよくそんな日本語知っているなあ、なんて、どうでもいいことを考えてしまう。

だって、知らないうちに僕がウィザードに巻き込まれているなんて。これじゃあ、勝っても負けても僕はウィザードをすることになるじゃないか。

「じゃ、始めましょ。公式戦ルールでいいのよね」

次の授業の時間が迫っている中、彼女は淡々と話を進める。

「時間がない。先生に許可を貰わねば」

「別にいいわよ~♪ 生徒たちの喧嘩ですもの、学校も許可してくれるわ♪」


いいのか先生。それで教職者が務まるのか。

「では移動するぞ」

「ええ」

「……」

僕は、ただ流されるまま。何も言えず、何もできず、ただただついて行くしかなかった。


ウィザード公式戦。

それは、日本全土を網羅するウィザードネットワークを使用した大会であり、アカウントさえあれば誰でも参加できる。

ルールは至って単純で、仮想空間上のウィザードのフィールド内で戦うだけ。攻撃手段も防御手段も無限に存在するため様々な戦術が取れるのが最大の魅力だ。

そんな大会の勝敗方法はシンプルだ。『相手が降参するか、HPが0になるか』である。

校舎にある室内ホールのひとつ。そのホールはウィザードの公式戦を行うために造られた場所であり、余談だが学内DJイベントや校内アイドルのコンサートなどに使われる。

転校生は左手で僕の手を掴み、そのまま総統に向かって右手を伸ばす。

転校生の右腕にある時計のような腕輪が総統のそれと重なり、カチリ、と音が鳴る。


そして、彼らは同時に言葉を発した。


「「インクルード!」」

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秋葉原の路上で、ボクと握手。 そらみん @iamyuki_t

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