二分の一

 子供の最大の不幸は貧困である。そうした子供を産み出さない為に国は一つの制度を導入した。それは『ゆりかごパスポート』の発行だ。

 ゆりかごパスポートとは簡単に言うと「子作り許可証」である。夫婦の年収、病気の有無、前科の有無、その他様々な観点から「子供を産む資格があるか。」を国が判断し、基準を満たしたもののみ、子供を作る事を許される。年収から何人までの子供を作って良いのかも決められる。パスポートの不所持で子供を産んだ夫婦は国が子供を取り上げ、更に罰金を支払わせられる。ただ、その金額は子供を成人まで育てる為に必要な金額よりは遥かに少ない。

 しかし、夫婦の失業、離婚、双子の誕生など、不慮の事故により規定の数を超えた子供を産んでしまったり抱えてしまう者もいる。そう言った事情の子供は国が無償で引き取り、責任を持って成人まで施設で面倒を見てくれるのだ。彼らは国の税金で、満足な衣食住を与えられ、教育を受け、立派な大人に育っていく。この制度が導入されて二十年、この国から子供の貧困はなくなった。


 これが今日の授業の内容だった。僕は物心がついた時からゆりかごの家という施設にいた。そこでは、親のパスポートの不所持の状態で誕生した子供や、事故により規定の数を超えて生まれてしまった子供などが強制的に入れられる。僕の場合は、一人の子供を産む事を許可された両親が双子を産んだことにより規定の数を超えて、施設に入れられることになった。

 僕は二分の一の確率に負け、家族から引き剥がされてしまったらしい。この世界に僕と似た顔で家族に囲まれて幸せに暮らしている男がいると思うとどこか不思議な気持ちになった。

 一日のルーティンは決まっている。六時起床、歯を磨きシャワーを浴び、服を着替えたら、部屋に支給されたうっすら味のある栄養バーを食べる。一人一人体重や健康状態から栄養バランスを計算され与えられる。食事を終えると自室に戻り歯を磨き、資料やノートや筆記用具を持って教室へ向かう。大きなスクリーンに録画された授業が流れて、僕らはそれを頭に入れていく。午前の授業が終わると昼食。そしてまた教室に戻り午後の授業を受ける。授業が終わり、夕方になると自室に戻り、部屋のランニングマシンで一日のノルマ一時間走る。そしてシャワーを浴びて夕食を食べて、自室に戻り、歯を磨き、就寝まで自習をする。夜二十三時には消灯、部屋の電気が完全に施設によって落とされ、自分では部屋の明かりをつけることができず、眠るしかない。

 ……とまあこんな感じの毎日を送っている。


 変わり映えのない毎日、なんも疑問にも思ってなかった毎日だった。でも僕は、授業でゆりかごパスポートの実態を知ってしまった。役員に質問して、僕に双子がいる事を知ってしまった。それからずっと僕はその双子の兄弟について考えるようになった。

 親の手料理ってどんな味がするのだろう、毎日メニューは変わるのだろうか、僕は勉強に必要な物を申請したら支給されるけど双子の兄弟は直接店に行って好きな文房具を買ってもらえるのだろうか、テストの点数が多少悪くても将来支給されるお金が減らなくなるのだろうか……。


 僕は目を覚ます。そこには見慣れない風景があった。本棚に色鮮やかな大小の本が並ぶ。カーテンが青い。ベッドもいつもより大きいし、布団とフカフカだった。僕は戸惑いながら部屋を出る。あ……パジャマにも色がついている。

「おはよう。今日は早いのね。」

「お母さん、おはよう。」

口が自然にそう動く。初めて見るけど目の前にいる女性が母親であるとなぜか僕も認識できた。

「顔洗っていらっしゃい。ふふふ、良かった。今日が休日で。一日中お祝いできるわね。」

僕は日めくりカレンダーを見る。ああ、今日は僕の誕生日だ。僕は顔を洗って歯を磨いて鏡を見る。僕の顔だった。部屋に戻り着替える……オシャレなシャツだ。質感もいつも着ている服とは違う。僕はリビングに行く。

「おはよう、そしておめでとう。今日で十五歳か。」

「おはようお父さん、ありがとう。」

「今日はお前が主役だ。パーティは昼からだから、ゆっくり過ごしなさい。」

「うん。」

早送りのように風景が流れる。僕は椅子に座っていた。大きなテーブルには見た事もない綺麗な料理が並んでいる。大きなベルの音がして、母親が玄関へ向かう。戻ってくると見知らぬ男女が四人を連れていた。

「おめでとう!」

「わー!料理美味しそう!あ、おめでとう!はいこれプレゼント!」

「おめでとう!これからもよろしくね!」

「誕生日おめでとう!」

友人のようだ。僕はたくさんのカラフルな箱を抱える。一旦それらを料理が乗っているものとは別のテーブルに置いた。

「……私たちからもおめでとう。」

両親が大きな可愛い箱を僕に渡した。

「ありがとう、もう開けて良い?」

「ええ、もちろん。」

僕はリボンと紙を丁寧に外していく。手紙があった。柔らかい手書きの文章だ。

『誕生日おめでとう。これからも私達の家族として健やかに成長してください。』

その下には見た事もない大きな機械、何をするものかは分からないけど、とても高価で貰ったら嬉しいものだと感じた。

「いいなー!それ俺も欲しいやつだ!」

「あ!コントローラーもいっぱいある!みんなで後で遊ぼう!」

「このソフト今話題のやつじゃん!えーすご!」

「私のも早くあけてあけて!」


 そこには見慣れた白い天井があった。

「夢……。」

僕はゆっくりと体を起こす。白いカーテン少し硬いベッド、ステンレスの机にはタブレットと勉強に必要な資料、部屋の隅にはランニングマシン。タブレットを立ち上げる。そこに記された日付は僕の誕生日だった。ガコン、ドアに付いているポストに何かが入る音がした。僕はそれを受け取る。大きな封筒だった。中には新品のノートとゴシックフォントで書かれた手紙が一枚。

『誕生日おめでとうございます。これからも勉学に励んでください。』


 僕はさっきまで見ていた幸せな夢を思い出す。きっとあれは二分の一の確率で僕が送るはずだった人生なのだ。この世のどこかにいる同じ顔した幸せな男に思いを馳せる。あんな世界を知ってしまってはこの無機質な人生は余りにも冷たい。僕はシャツで輪っかを作り、自分の首を通して、部屋のドアノブにそれをかけた。次は二分の一に勝てる人生だと良いな。


──ゆりかごパスポートを導入して、二十年の時が流れました。子供の貧困率はゼロ。住む場所に困り、食べるものに困り、教育を受けられず苦しむ子供はこの国には一人もいません。我が国にできたこの政策は発表当初は反対もあったものの、正しい判断であったと証明できました。この国には不幸な子供はもういません。幸せな国家であります。

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