第2話:結婚ってお金!…で、結局買っちゃった
うっとりと指輪を眺めるフリをするわたし。健太は警戒心を隠そうともしない。そんな私たちに、販売員は前回以上の確信に満ちた声で、こう切り出したのだ。
宇内透子:「フフッ、お客様。前回の『講義』で、結婚の本質に少しは近づけましたかしら? ええ、結婚とは契約。そして、その契約を維持するためには、当然ながら『誠意』という名の『継続的なお支払い』が必要不可欠ですのよ。この輝きは、その前払い金、保証金、あるいは…そうですね、お二人の『共同幻想』への参加費とでも申しましょうか(笑)」
キターーー! また始まった! しかも前回より悪ノリしてる! わたしは思わず口元を押さえた。健太は露骨に眉をひそめ、後ずさりしそうになっている。
販売員は、そんな私たちの反応などお構いなしに、さらにエンジンをかけてきた。その瞳は、もはや獲物を前にした狩人のように、らんらんと輝いている!
透子:「そして、指輪リングとは『拘束』の意味もございますの、オホホホ! ええ、はっきり申し上げますわ、これは『愛という名の甘美なる首輪』、あるいは『逃亡不可能・幸福行きの豪華な手錠』! 逃げようだなんて、百年早いですわよ? だって、こんなにも美しく、そして高価な『お目付け役』なんですもの! これを身に着けた瞬間から、お二人は『互いを監視し合う運命共同体』となるのです!」
「か、監視し合う…」わたしが呟くと、販売員は「その通りですわ!」と胸を張った。
透子:「さようでございます! しかも、この『契約』、一度結んだら終わりではございませんのよ? なんと、定期的に『契約更新料』という名の『愛情確認テスト』が発生いたします! 記念日、誕生日、クリスマスはもちろんのこと、時には『ご機嫌ナナメ警報発令』による『緊急ペナルティ課金』、さらには『マンネリ打破・刺激注入オプション』として、サプライズという名の臨時出費も覚悟していただかなくてはなりませんわ! まるで、人生を賭けた『終わらないガチャ』とでも?(笑) しかも、お支払いが滞った場合は…フフフ、どうなるかお分かりですわよね? 『月の支払いに代わって、愛のおしおき』が待っておりますわよ?」
「愛の…おしおき…!? ガチャ…!?」
わたしは、ついにこらえきれずに吹き出してしまった。
「ブフッ! アハハハハ! お、おしおきって! ちょっと、あなた、設定盛りすぎ! 最高すぎ!」
肩を震わせて笑うわたしに、健太は「え、ちょ、お前、本気で笑ってるのか!? 洗脳されてないか!?」と本気で心配している。販売員は一瞬眉をピクリと動かしたが、すぐに妖艶な笑みを浮かべ、むしろ私の爆笑を「真理に到達した者の悦び」とでも解釈したかのように続けた。
透子:「ご理解いただけたようで、わたくしも嬉しい限りですわ、奥様。この『終わらない愛のガチャ』、初期投資としてこのリングは、まさに『SSR確定・ハッピーエンド保証付き(※ただし努力目標)』の超絶お得なプランとなっておりますの。そして、数々の『ペナルティ課金』や『オプション購入』という名の愛情表現を重ねることで、お二人の『共犯関係』はより深く、より刺激的なものへと進化していくのです。まさに、スリルとサスペンスに満ちた、継続課金型エキサイティング・マリッジ!」
「継続課金型エキサイティング・マリッジ! アハハハハ! もうダメ、呼吸困難! 健太、聞いた!? 共犯関係ですって! 愛のおしおきですって!」
わたしは涙を浮かべ、お腹を抱えて笑い転げそうになっている。健太はもう、何が何だか分からないという顔で、わたしとこのヤバい販売員を交互に見ている。
透子:「しかもですね、この『甘美なる拘束具』、単なる縛りではございませんのよ? 周囲への『この獲物(パートナー)、わたくしが先に唾つけましたの!』という、強烈なマーキング効果も絶大ですの! 他のハイエナ…いえ、異性を寄せ付けない、いわば『霊験あらたかな結界』としての機能も標準装備! 攻撃力と防御力を兼ね備えた、まさに『最強装備』! 一石二鳥、いえ、もはや『愛の最終兵器』と呼ぶにふさわしいお品でございます!」
「最終兵器! マーキング! 唾つけましたの! アハハハ! ちょっと、もう、お腹よじれる! あなた、どこでそんなボキャブラリーを!? 天才! 神!」
わたしは販売員に駆け寄り、その両肩を掴んでブンブン揺さぶりたい衝動に駆られた。一周回って、この人の狂気すら感じる突き抜けたぶっちゃけトークが、とてつもなく痛快で、もはや一種のエンターテイメントとして成立している!
健太が、ようやく絞り出すように言った。
「…あの、その、もはや脅迫に近いセールストークは、さすがに…」
透子:「あら、お客様にはまだ『この指輪がもたらす真の悦楽』がお分かりいただけていないようですわね?」
販売員は、私の爆笑ぶりに気を良くしたのか、恍惚とした表情でさらに畳み掛ける。
「いいですか? この指輪は、もはや単なる宝飾品ではございません! お二人の『血よりも濃い契約の証』であり、『喜んでその身を捧げるべき生贄の印』であり、『永遠に続く(かもしれない)お布施イベントの招待状』なのでございます! これほどまでにドラマチックで、スリリングで、かつちょっぴりSMチックなアイテムが、このお値段で手に入るのですよ? コストパフォーマンス、いえ、もはや『人生の面白さに対する投資効率』、最高ではございませんこと?」
「人生の面白さに対する投資効率最高! アハハハハ!」
わたしはもう笑いが止まらない。この人、結婚を、いや人生をなんだと思ってるんだ! でも、ここまで清々しく狂気を垂れ流されると、もはや一種の悟りの境地だ。
「健太、わたし、買うわ! この指輪、買う! 絶対買う!」
爆笑の涙を拭いながら宣言すると、健太は目を白黒させている。
「ええ!? 本気か!? 『生贄の印』とか『お布施』とか言われてるんだぞ!?」
「うん! だって、こんな面白い『契約』、乗らなきゃ人生損でしょ! この指輪を見るたびに、今日のこの狂乱のセールストークを思い出せるなんて、最高のエンタメじゃない! しかも『愛のおしおき』付きよ!?」
「おしおきに期待するな!」健太は頭を抱えている。
販売員は、ニヤリともせずに、しかし獲物を仕留めた達成感に満ちた表情で言った。
透子:「…実に、実に賢明なご判断ですわ、奥様。この『素晴らしき共犯関係』が、お二人の未来を、よりスリリングに、よりエキサイティングに彩ることを、わたくし、宇内透子が保証いたしますわ。では、こちらの『血判状』にサインを…あら、失礼。こちらの『永遠の隷属契約書』…いえ、『保証書』にご記入をお願いいたします(笑)」
しれっと言い間違え、しかも最後は含み笑い。もう、この人の勝ちだ。完全に。
わたしは、笑いを噛み殺しながら、震える手でカードを差し出した。健太は、まだ現実を受け止めきれないという顔でこちらを見ている。
「なあ、本当に後悔しないか? 『愛のおしおき』だぞ? 毎月請求が来るかもしれない『刺激注入オプション』だぞ?」
「大丈夫! むしろ、どんな『おしおき』が来るのか、どんな『オプション』が追加されるのか、楽しみで仕方ないわ! ドM魂に火が付いた!」
わたしがウインクすると、健太は宇宙を猫が背負ったような顔をし、そして諦めたように天を仰いだ。
店を出ると、わたしはまだお腹を抱えていた。
「いやー、すごかったね! あの店員さん、宇内透子さん! 神だわ! 教祖だわ!」
「…お前の笑いの沸点と、危険人物への耐性が、もはや人間国宝レベルだと思うけどな」
健太は心底疲れた顔だ。
「でもさ、あの『共犯関係』とか『生贄の印』とか『おしおき』とか、一周回ってなんか…背徳的で興奮しない?」
「しない! 俺にはただのヤバいカルト宗教の勧誘にしか聞こえなかったけど…」
「そこがいいんじゃない! あそこまで振り切ってくれると、逆に安心するっていうか! ねぇ、健太もちょっとは面白かったでしょ?」
わたしは、薬指にはめられたばかりのリングを見つめる。キラキラと輝くダイヤモンド。そして、その輝きと共に、宇内透子の狂気に満ちたセリフがフラッシュバックしてきて、また笑いが止まらなくなる。
「これからは、この指輪を見るたびに『今日はおしおきかしら?』ってドキドキするのかもね!」
「…俺は普通に、君が喜んでくれるプレゼントを、普通に渡したいだけだよ…」
健太が力なく言うので、今度はわたしが真剣な顔で彼の手を握った。
「大丈夫だよ、健太。どんな『おしおき』も『オプション』も、二人で笑い飛ばして楽しんでやるから!」
「…そういう問題じゃない気がする…」
結局、あの宇内透子という名のエンターテイナー(あるいは狂人)のトンデモセールストークにまんまと(?)乗せられて、指輪を買ってしまった。でも、不思議と後悔はない。むしろ、この指輪に、とんでもない物語と、ちょっぴりの背徳感という名のスパイスが加わったような気がしている。
帰り道、繋いだ健太の手。うん、この『甘美なる拘束』なら、悪くない。むしろ、大歓迎だ。
「ねえ、健太。最初の『おしおき』は、何がいいかなあ? やっぱり『月の支払いに代わって』…アレかしら?」
わたしの悪戯っぽい言葉に、健太はまた深いため息をつき、そして「もう好きにしてくれ…」と呟いたけど、その諦めた横顔は、なぜか少しだけ楽しそうに見えた。
ちっ、結局買っちゃったよ! あの宇内透子とかいうヤバいオバチャンの口車…いや、もはや洗脳に近いエンタメトークに完敗だよ!
でもまあ、いっか! この指輪を見るたびに、今日の爆笑とちょっぴりのスリルを思い出せるなら、ある意味プライスレス!
これから毎年「契約更新のおしおき、まだー?」って健太を煽ってやるんだから! フフフ!
わたしの(いろんな意味で)波乱万丈でエキサイティングな結婚生活は、こうして、最高の(?)エンターテイナーに見送られて幕を開けたのだった。
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